【キャリア心理】13 労働編 いつしか「生活のために働く」事を行き来していませんか?

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こんにちは、モラトリアム中のシオンです。

以前、このコーナーで仕事観についての話をしました。人から馬鹿にされたようで悔しくて、そこから「仕事とは?」ってことに本気で考えて結論を出した自信作!

それで、今回はその続編で労働観について扱っていこうと思います。

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労働観ってなんだ?

労働観って言うのは、この記事をご覧いただければわかるように、「人がなぜ働くのか」「何のために働くのか」っていう目的の部分に関わっています。その目的によって、人が労働というものをどう捉えているのか、その見方や考え方が労働観と言えます。

もちろん、この労働観は今現在とそれ以前とでは違っていて当然で、例えば、狩りをしていた頃なんて生活のために、どころか「生きるか、死ぬか」の瀬戸際で働かざるをえませんね。
それはむしろ働くというより、それが生きるということだったのかも・・・

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労働観のジェネレーションギャップ

それでは、現代以降はどう変わってきたのかというと。こちらの記事がわかりやすい!(出典 JAVADA情報マガジン1月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】 : 中央職業能力開発協会(JAVADA)

ここでは、50代以上と30代以下についての労働観の違いが書かれていますが、

ざっくり言うと、50代以上は会社と一体。「1つの組織に帰属し、そこから人生に必要なものをすべてまかなっていく」という時代です。というのも、終身雇用や年功序列型賃金制度などによって会社にいれば一生安泰な生活が保障されていたから。彼らは、物的豊かさや経済的豊かさを求め働いてと言える。それはつまり「生活のために働く」という事。だから一生、一つの会社に所属していればよかったし、ポストや一流と言う考え方ものちの昇進という言葉にはしっくりくる。

しかし、それらの制度が形骸化してくると、一つの会社にとどまるメリットってかなり少なくなる。むしろ若者は、「どこの会社に入るか」ではなく、入った会社で「どんな仕事ができるのか」、「その仕事は自分の習得した専門性を活かすことができるのか」などを重視。つまり、所属する組織というよりも仕事そのものを重視する。こうしてみると、確かに一つの会社に所属しながら、それとは別にプロジェクトベースで集まったコミュニティにも所属し活動しているという方って結構いますよね。今の若者にとって、一つの会社に身を置いて一生安泰ということはないから、仕事そものものに価値を置いたり、仕事を通じて自己の成長を感じたりその価値が多様化、複雑化するのは当たり前な話かもしれません。よって、若者にとって働くこととは精神的な豊かさを求める手段になっているという内容です。

(出典 年功序列型

このように、「働く」ということの価値観が変遷して、特に若者はそれが多様化、複雑化する中で、「働く」こと=生活のために必要なお金を稼ぐ手段であるという認識=経済的豊かさを求める労働観は薄れてきていると言えます。

それでも「働く」という形が変わらないのはどうしてだ?

しかし、実際には、

◼︎生活のために働かなくてはいけないという事実は変わりませんし、
◼︎「働く」という手段が会社で働くということに絞られてしまうこと

に変わりありません。私はこれが問題だと思います。

さらに言えば、
◼︎会社で働くということはフルタイムで働くという価値に絞られていること。

も問題だと考えます。なぜなら、フルタイムで働くという事はワークライフバランスの点からいって効率的ではないから。どういう事かというと、フルタイムで働くという事は自分のプライベートの時間が削れます。例えば、それは女性にとって結婚や子育ての機会を失う事にもなります。確かに女性の社会進出ってことが言われて久しく、結婚・子育てということが働くという事においてハンディにならないようにという考え方は大事です。

しかし、なぜそこまでして働くのでしょうか。それは、生活をするためがほとんどの理由ではないでしょうか。例えば、結婚したら結婚式代や子供が生まれれば出産費用、子育て費用がかかるのは当たり前です。だからより稼ぐために正社員という選択肢は大事だし、もっと言えばフルタイムプラス残業代で稼ぐという思考になりますね。

しかし、それって根本が昔と全然変わっていないですよね。
昔っていうのは、今の50代以上の労働観の事。それはつまり、経済的な豊かさを求めて働くという点において、生活のために働くという手段が全く変わっていないということ。
働くということは会社に勤めるという価値観に縛られていること、そしてその他の手段を知らない、手段が変わらないから「働く」という形は変わらないのです。

当然の成り行きなんだけど、例えこれ(生活のために働く)を一生続けていても
その生活をやめることはできない。なぜなら、

◼︎給与は会社で決められていて、その金額以上稼ぐことはできないから。
◼︎稼がなければ生活に困るようになり、だから生活のために仕事をするようになる。

労働観は変わっていないのに、一生安泰という社会はもうない。
そりゃ、今の50代は会社に守られていた。それで一生安泰だった。
だけど、その時代は1997年を皮切りに一気に変わった。
これからの時代、いつ職を失うかわからない。

今や、一つの会社で勤めている方がハイリスクって言われるくらいです
(出典 希望退職に応募してリストラされても、充実した生活を手に入れる思考法

今日のまとめ

時代が変わったのなら、それにあった働き方も必要なはずです。今後、「働く」という事と「お金を稼ぐ手段」が別になっていく社会であればいいなって私は考えています。そうすれば、フルタイムで働く必要もないし、それでいて、生活も安泰する。

だから、まずは、「労働観」の話をしました。その上で、働き方を変える必要があると私は思います。で、今、国の「働き方革命」を始めいろいろなところが働き方を変える活動や取り組みをしていますよね。

次回はそれについて詳しく扱います^^

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