【キャリア心理】19 お金編 心屋仁之助に学ぶ「お金を使うことの恐怖」から脱する「お金」についての考え方 「稼ぐ」って悪いことなのか? 後編

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こんにちは、モラトリアム中のシオンです。

前回に続いて、「お金」についての考え方です。

突然ですが、心屋さんのブログぜひ読んでみてください。

(出典 ■わたしも、お金がない・・・ お金を使う豊かさと「散財」の違い|心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba)

私、デブだ。

このブログを見て、私は自分がデブだと思いました。

外見がデブだ。ってことじゃないんですよ、いや、デブだけど。

心がデブだ。デブ症だ。

ずっとものを欲しがっている、今のままじゃ足りない、足りないって。
ずっと食べ続ける、食べ続けるためにお金を使う、満たされないからまたお金を使うけど、
気づいたら貧乏だ。心が満たされない貧乏だ。心がデブだから満たすためにお金を使う貧乏だ。

「稼ぐ」って必要だけど、どこまで稼ぐかって決めていないと、
突然稼いでもきっと「もっと欲しい、もっと欲しい」ってずっと満たされない状態が続くんだろうな。

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例えばですよ。私ジム行ってるんですよね。

これって「やせたい」わけじゃなくて「パンツスタイルを綺麗に履きこなすために」という引き締め効果を期待していう思いで行きますよね。でも、このジムに通うという思いに至るまでには「自分がデブだ」という認識があるわけですよね。そんな自分が嫌で変えたくてジムに通いますよね、お金かかりますよね。でも、最初のうちはお腹が満たされなくてご飯を食べますよね。当然、太りますよね。お金はなくなるし、太るし、なんじゃこりゃってなりますよね。

要は、満たすためにお金を使うんだけど、自分の贅肉に気づいてない。これを落とそうとか、少しで満足しようとかそうできなくて、食べたくてしょうがなくて、お金をどんどん使うんですよね。
やってること、ハチャメチャだなって思って。

本当の心の豊かさってなんなのでしょうね。

人とご飯を食べて、これ「美味しいね」って共感することも幸せ。共感しながら生きるということ。そして、その食事で満足できること。これが大事かなって思います。

例えば、このあとラーメンでも行く?ってなったらこれはデブなんですよ。
お金も飛ぶし、単純にデブになる。
それで心が豊かになりますかね。
本当は、お腹なんて空いていない。贅肉だらけなのに、お腹が空いたなんて嘘。
食べたくないのに、食べる。贅肉だらけっていう自分が見えていない。

本当の「豊かさ」を知らない。

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「お金はないんじゃない」

お金はあるの。その量は人それぞれだけど、精神的にないって思っているだけ。
それは必要のないものに使っているから、ないって思うの。
ラーメンなんて本当は栄養的にも不要で、精神的快楽を満たすために食べているの。
心を満たす方法なんて本当はたくさんあるのに。

「お金を使うことを楽しめない」

だって、ラーメン必要なものじゃないじゃん。
必要のないものにお金使うからそりゃ楽しくないわ。
お金をいっときの精神的快楽のために使うから楽しくないんでしょ。

「必要」なのか「楽しい」のか見分けよう

「楽しい」ものを買うと、「必要」なものが買えなくなる

精神的な快楽の方を選択するのは、いっとき楽しい。だけど、
その楽しさは長続きしない。あればあるだけ、どんどん良くは増してくるし、
もしそれが人から認められたくて選んだものなら認められなかった時悲しくなる。
自分はその時に貧乏だなって思ってしまう。「必要」なものが買えなくなったのだから。

天秤があるとする

「楽しむ」ために「お金」を使うのか
「必要」なもののために「お金」を使うのか

徐々に後者にずらしていけばいい
今日食べるもの、一緒に食べる人、何が自分にとっての「豊かさ」につながるのか、
その選択をしていけばいい

そのための「お金」なら勿体無いなんてことない

本当に価値あるもん、見つけよう

まとめ 「お金」を使うことは怖くない

その「豊かさ」が見えてきたら、そこに「お金」を使うことは怖くない
「必要」なものに「お金」を使うことは「豊かさ」に直結しているから

「豊かさ」は精神的な快楽よりもずっと長く深く続いていく
それが「幸せ」っていう感情や状態に繋がっている

「必要」なものに「お金」を使うことは「幸せ」になること
「幸せ」になるための「お金」は使うことが怖いということはない

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