【江角マキコと長嶋一茂の落書き事件の真相】犯人はマネージャー?

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ミスタージャイアンツと呼ばれた長嶋茂雄さんの長男として生まれた長嶋一茂さん。

テレビでキャスターやタレント業でテレビで見ない日はないくらいに活躍されています。が、実は、1996年(巨人時代)に「パニック障害」を患い、退団、引退したという過去。

2012年に、江角マキコさんとの落書き事件や妹、長嶋三奈さんが経営する「オフィスエヌ」との間に、裁判沙汰になるほどの問題が発生したとか。事件の犯人は、マネージャー?

長嶋一茂のプロフィール

長嶋一茂さんといえば、『さんまのSUPERからくりTV』で西村知美や浅田美代子とならぶ”天然ボケっぷり”のイメージが強いですね。

  • 名前:長嶋一茂(ながしまかずしげ)
  • 出身地:東京都大田区田園調布
  • 生年月日:1966年1月26日
  • 身長:181cm
  • 血液型:B型
  • 出身高校:立教新座高等学校
  • 最終学歴:立教大学
  • 過去の所属球団:ヤクルトスワローズ (1988 – 1992)→読売ジャイアンツ (1993 – 1996)
  • 所属:「有限会社ナガシマ企画」

立教高校時代から野球部として活躍し、その後、立教大学に進学し、立教大学硬式野球部に入り、3塁手として活躍。

1987年のドラフトでヤクルト・大洋から1位指名を受け、抽選の結果ヤクルトが交渉権を得て、入団が決定(1988年から1992年まで)当時は父親の後を継ぐ「ミスター二世」として話題になりました。

1993年には父が監督を務めるジャイアンツにトレード移籍、1996年には父親から戦力外通告を受け、そのまま引退し、スポーツキャスターなどタレント業を中心に活躍しています。

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長嶋一茂の戦績・成績

ヤクルト時代の実績は

1988年 88試合出場、187打数、38安打、4本塁打、打率.203
1989年 69試合出場、156打数、39安打、4本塁打、打率.250
1990年 35試合出場、54打数、9安打、1本塁打、打率.167
1991年 67試合出場、149打数、33安打、4本塁打、打率.221
1992年は、マイナーリーグ・1Aベロビーチ・ドジャースに野球留学したため出場機会がありませんでした。

巨人時代の実績は

1993年 56試合出場、134打数、29安打、1本塁打、打率.216
1994年 46試合出場、29打数、5安打、1本塁打、打率.172
1996年 23試合出場、56打数、8安打、3本塁打、打率.143
1995年には右ひじの故障で一軍出場はありませんでした。
1996年のオフに戦力外通知を受けて引退を決意しました。

(http://www.nagashimakazushige.com/page1.html)

実は、1996年(巨人時代)に「パニック障害」になったことをプロ野球選手として活躍していた頃バッターボックスに立てなくなったこと、その後も同病に悩まされることがあることを著書乗るのが怖い1私のパニック障害克服法」(幻冬舎新書195、2010年11月30日発行)で明かしています。

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長嶋一茂「パニック障害」

当時、不調のため5月に2軍行きを命じられ、不調の中でうつうつと生活していたようで、知人のマンションの屋上で花火大会を見物していた際、突然地面が大きく揺れるような強いめまいを感じます。これが最初のパニック発作で、2度目の時は過呼吸発作を起こし、救急車で東京女子医大の救命救急センターに担ぎ込まれ、パニック障害と診断たといいます、

その年、ジャイアンツより戦力外通告を受け、そのまま退団しますが、まさか対談の裏にそんな苦悩があったなんて知りませんでした。そんな折、明石家さんまさんの誘いもあり、芸能活動とスポーツリポーターをするようになり現在の姿につながっているわけですね。

(http://www.fuanclinic.com/byouki/y_fuan23.htm)

江角マキコとの確執とは?犯人はマネージャーか

2012年に長嶋一茂邸に赤いスプレーで「バカ息子」等の落書き事件発生。

その落書き事件の犯人が、2014年9月の週刊文春にて、「バイキング」(フジテレビ系)、「私の何がイケないの?」(TBS系)、そして、「ぐるぐるナインティナイン」(日本テレビ系)の「ゴチになります!」などで有名な江角マキコさんの指示で動いた元マネージャーによるものと報道がありました。

江角マキコさんは、

私自身、週刊誌でこの件を初めて知った次第で、その後、元マネージャーから私に対し、このような事態をおこして迷惑をかけたとして謝罪の連絡がありました。しかし、立場上、私の責任も重く感じ、長嶋様には心から申し訳なく思っております。
なお、先の報道内容を受けて長嶋様や学校関係者各位にこれ以上のご迷惑をお掛けしないよう、また、現在も心療内科で治療中の元マネージャーや私の子供たちへの配慮もあり、詳しいご説明を差し控えさせていただくと共に、ご説明が遅れたことを重ねてお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。(引用:ニュースマトメディア
と、一応、謝罪はしていますが、マネージャーが悪いという姿勢は崩していないようです。
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落書きに至る原因は、江角マキコさんの逆恨み。江角マキコさんと長嶋さんの子供は、同じ「青山学院幼稚園」に通っていましたが、そこにおける母親同士の争いが勃発。
実際に、2014年7月に江角さんはブログで過去に”ママ友”から無視されるなどいじめがあったことを告白。同年8月に”そのママ友”からの抗議分(そもそも江角の行いが悪く人が離れていっただけとの趣旨)が週刊誌で報じられ話題に。対立派閥のママ友一派に、例の落書き事件で被害にあった長嶋家の仁子夫人がいたとされています。

一茂さんの妻・仁子さんは、ママ友軍団のリーダー的存在。今回の騒動も、江角さんが仁子さんに盾突いたことが遠因。半面、仁子さん自身がトラブルメーカーで、彼女の醜聞が匿名の手紙で週刊誌に送られてくることもある。アンチはかなり多いと思う。(引用:江角マキコ 「バイキング」降板で長嶋一茂の妻に逆襲へ?

この事件をきっかけに、江角マキコさんは芸能界から消えたと言われています。

そういえば、菅野美穂主演ドラマ『砂の塔~知りすぎた隣人』(2016年)では、ママ友同士のカースト制で生きにくさを感じる母親たちの姿がうまく表現されていましたが、まさにそれが現実にあったのでしょう。
気が強い奥さんなんですね!でも、それくらいじゃないと、長嶋家を支えることはできないのかもしれません。

長嶋一茂の結婚・馴れ初め・家族(嫁 、子供)

長嶋一茂さんは現役引退後の平成11年(1999年)9月に仁子(旧姓:猪野)さんと結婚。2人は平成8年(1996年)プロ野球を引退した長嶋一茂さんがタレント活動をする中で、タレントとマネジャーという形で知り合ったようです。そして、平成11年(1999年)12月3日に箱根の新宮の九頭龍神社で挙式。

奥様とお子さんについては、こちらの記事で詳しく書いています。

仁子(長嶋一茂 嫁 )ホステス時代画像は?性格悪い真相や三奈(妹)お家騒動とは?

2018.06.16

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