小林麻央 病院の誤診に海老蔵 訴訟意向示す!慶応義塾大学病院が浮上!【女性自身】麻央 治療費3000万円未納決意!

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市川海老蔵さんが、小林麻央さんが入院と治療を行ったとされる病院に対して弁護士を通じて訴訟の準備をしていることを女性自身が報じています。小林麻央さんは、乳がんのため34歳と言う若さで6月22日に逝去されています。しかし、その若すぎる死に、市川海老蔵さんのスピリチュアルに傾倒した治療法が誤っていたのではないかと噂されていました。今回は病院側の検診や治療方針が誤っていたのではないかと市川海老蔵さんが治療費3000万円を未納し、病院側を訴訟する構えを示しているということです。小林麻央さんが手術をしたという病院Aとは一体どこなのか?■虎ノ門病院(14年10月)→聖路加国際病院(16年2月)→慶應義塾大学病院(16年7月)繰り返す転院の先に行き着いたのは慶応義塾大学病院!■市川海老蔵 訴訟病院A=慶応義塾大学病院か!?

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現在、書きかけの記事です。

私も
後悔していること、あります。

あのとき、
もっと自分の身体を大切にすればよかった
あのとき、
もうひとつ病院に行けばよかった
あのとき、
信じなければよかった
あのとき、、、
あのとき、、、

(引用 小林麻央ブログKOKORO2016年9月4日

小林麻央さんは、乳がんのため34歳と言う若さで6月22日に逝去されています。しかし、その若すぎる死に、本人も後悔していることがたくさんありました。その一つに病院や治療法が挙げられます。

市川海老蔵さんのスピリチュアルに傾倒した治療法が誤っていたのではないかと噂されていました。今回は病院側の検診や治療方針が誤っていたのではないかと市川海老蔵さんが治療費3000万円を未納し、病院側を訴訟する構えを示しているということです。

小林麻央さんが手術をしたという病院Aとは一体どこなのか?
まずは、小林麻央さんが辿った病院遍歴についてまとめます。

市川海老蔵 訴訟病院A=慶応義塾大学病院か!?1つ目の病院=虎ノ門病院検診で乳がんの発見が遅れたことは事実!

まず、小林麻央さんの乳がんが発覚したのは2014年2月のこと。
場所は、PL東京健康管理センターで人間ドッグを受けた際、左乳房に「しこり」が見つかったという。
「精査すべし」と言われて、向かった先が東京都港区にある虎ノ門病院です。

ここで、診察を受けたところ

しこり=”良性の乳腺線維腺腫”と全く問題がないなら半年後に。

と白黒はっきりしないので、3ヶ月後に再受診を勧められたといいます。しかし、小林麻央さんは受診が遅れて、再審査を受けたのはその8ヶ月後の2014年10月のことでした。この時には、すでに乳がんは脇のリンパ節にも転移していました。この発見の遅れから、

と、虎ノ門病院の誤診を疑う声も聞かれますが、市川海老蔵さんの関係者によると

「(虎ノ門病院の)担当医は早期の手術を勧めましたが、麻央さんは乳房の温存を望みます。結局、かかりつけだった病院を去ることとなりました」

(引用 女性自身8月1日号)

と、標準治療を拒んだのは、小林麻央さん自身だったことがわかります。比較的進行は早いですが標準治療をすれば5年生存率は90%はあったというのが虎ノ門病院の関係者の証言から明らかになっています。

■がんの標準治療とは?
・がんのタイプとステージを見て手術と放射線、抗がん剤にホルモン療法、分子標的治療(がん細胞の持つ特異的な性質を分子レベルでとらえ、それを標的として効率よく治療する療法)を組み合わせて治療していくもの。

専門家によると、小林麻央さんの場合は、抗がん剤を投薬してから手術をするという方法もあったという。しかし、小林麻央さんがその選択を選ばなかったのには、乳房を残しておきたいという思いがあったのでは?というのが専門家の見方です。

市川海老蔵 訴訟病院A=慶応義塾大学病院か!?スピリチュアルに傾倒した挙句、気功に奔走する海老蔵!

それから、16年2月まで約1年と4ヶ月は空白の時間が続きます。

その間、市川海老蔵さんは小林麻央さんを連れてあらゆる治療法を模索。時には、スピリチュアルに傾倒したこともありました。実際に市川海老蔵のブログを見ると、2015-06-06 「気功?!」と題して、写真付きで気功にはまる姿が映し出されています。

(出典 ABKAI 市川海老蔵オフィシャルブログ Powered by Ameba

こうした民間療法を続けても小林麻央さんのガンの増殖は止まりませんでした。そこで、訪ねたのは、2つ目の病院=聖路加国際病院です。

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市川海老蔵 訴訟病院A=慶応義塾大学病院か!?2つ目の病院=聖路加国際病院!

北陸地方の小林家と縁の深い先生=塚田先生の勧めで2個目の東京都中央区にある「聖路加病院」へ入院しました。時に瀕死の状態。成田屋の関係者によると、この時の小林麻央さんはぐっと痩せて、膿が出てしまうほど乳がんは進行していたとか。しかしここでも医師と夫婦間でコミュニケーションがうまくいかず手術には至りませんでした。一部では、治療法に納得が行かなかったと言う報道もあります。

そして、最後に向かった先が慶應義塾大学病院です。

市川海老蔵 訴訟病院A=慶応義塾大学病院か!?3つ目の病院=慶應義塾大学病院!

なぜ、この病院に行き着いたのかと言うと、先ほどの塚田先生を介して最後の砦として、北島政樹国際医療福祉大学名誉学長に小林麻央さんの命が委ねられました時、北島政樹学長が勧めたのが「慶應義塾大学病院」だったのです。小林麻央さんのガンの進行状態はステージ4の段階=末期まできていました。北島政樹学長はいろんなことを鑑みて「慶應義塾大学病院」を勧めたのです。

■「慶應義塾大学病院」とは?
慶應義塾大学病院は、有名人も多数通う大病院で「低侵襲治療」(難しい病気を治すということだけではなく、身体の負担をできるだけ軽減し、さらに効果的な治療を行う医療のこと)の進んだ病院と言われています。

小林麻央さんはここで信頼できる主治医に出会ったことを綴っています。

素晴らしい先生との出会いに
心を動かされました。
その先生に言われたのです。
「癌の陰に隠れないで」
時間の経過とともに、
癌患者というアイデンティティーが
私の心や生活を大きく
支配してしまっていたことに
気がつきました。
元気になったら
元の自分や生活に戻れるのだから
それまでは、
誰にも知らせず、心配をかけず、
見つからず、、、と思ってきました。
乳がんであることが突然公になり、
環境はぐるぐる動き出しました。
そこで、
これまで以上に病気の陰に隠れようとして
心や生活をさらに
小さく狭いものにしてしまいました。
これは自分自身のせいです。
私は
力強く人生を歩んだ女性でありたいから
子供たちにとって強い母でありたいから
ブログという手段で
陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました。

(引用 小林麻央ブログKOKORO2016年9月1日

市川海老蔵さんの関係者によると、

あれだけ拒否していた手術も受けました。A病院への転院を機にブログも開設。抗がん剤治療や放射線治療を受けている詳細を明らかにし始めました。

(引用 女性自身8月1日号)

と、ここでの治療には積極的であること、本気で病気と向き合うこと、そして主治医への厚い信頼が書かれています。実際に、小林麻央さんは16年の10月に手術を受けています。

しかし、小林麻央さんの病状がよくなることはなかったのです。

市川海老蔵 訴訟病院A=慶応義塾大学病院か!?

後から振り返れば、病院Aでの最初の検診や治療方針が謝っていたのではないか?とし、市川海老蔵さんが治療費3000万円の支払いをストップしています。

■治療費3000万円の内訳は?

別の関係者の話では小林麻央さんが入院していた個室は1泊5万円。入退院を繰り返していたとはいえ、累計入院費だけでも1000万円近くになるとか。さらに、最先端医療の治療費は健康保険適用外のため、かさみ3000万円に登るというのです。

「最初の検診は適切だったのか?」「その後の治療方針は正しかったのか?」と疑問を持たれ、市川海老蔵さんは、小林麻央さんの治療内容に関して、しっかりと検証して欲しいとの意向を示しています。

おそらく、訴訟準備の相手は「慶応義塾大学病院」ではないでしょうか。

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