本庶佑 京大名誉教授 経歴と家族(写真)|息子の大学,職業は?嫁と娘の画像は?

京都大学の本庶佑(読み方は、ほんじょたすく)教授(現・京都大学特別教授)がノーベル医学生理学賞を受賞されましたね!本庶佑氏はこれまで、PD-1という分子を発見!がん免疫治療薬「オプジーボ」の開発・研究を行ってきました。

ここでは、本庶佑名誉教授の経歴とプロフィールについて。また、家族は、結婚しており、嫁(妻)と一男一女の家族(写真・画像あり)がいると言いますが、息子さんの大学や職業、名前について調べました。

スポンサーリンク




写真は本庶佑研究室のさんたちと喜びを噛みしめる本庶佑博士

本庶佑博士、賞金額は億超える!

ノーベル賞の賞金として900万スウェーデン・クローナ(約1億1500万円)が贈られる予定とのこと。その使い道を「大学に寄付しようかと考えている。どういう形で寄付するかは考えているところ」と説明したということです。

「あなたのおかげだと
いわれるときが何よりもうれしい」

とする本庶佑教授の度量は大きいですね〜

早速、本庶佑教授のプロフィールについて見ていきましょう!

スポンサーリンク




本庶佑氏のプロフィール・経歴・生い立ち・研究内容

本庶佑(読み方は、ほんじょたすく)教授は、現・京都大学特別教授を勤めています。


生命誌研究館

1942年1月27日 京都生まれ。医師である父の仕事の都合により、山口県宇部市に育ち、医師の道を進みます。小学校から高校までを宇部市で過ごします。趣味はワインとゴルフ。麻雀が得意。

幼少期〜小学時代

教授は、自身の幼少期〜小学時代を


小学校では家に帰ってすぐ遊べるように、授業中に教科書は自分で読んで、宿題もその場でやってしまい、先生の話など聞いていなかった。今大人になって思うと、さぞかし小生意気で扱いにくい生徒だったのでしょうね。先生の覚えはめでたいはずはない。とにかく、好奇心のかたまりでしたから、ラジオや時計の分解、組み立て、読書と面白いと思うことはどんどんやりました。(生命誌研究館

と回顧しています。小学校の頃の夢は天文学者だったようです。

中学時代〜高校時代


生命誌研究館

中学になると、模試を動機に勉強にのめり込むようになり、将来英語は必要になるからという父の勧めで、ハワイから戻ってきた日系人の方に英語を習い始め、高校まで続けたおかげで英語には困らなくなったようです。同級生によると、トップ3に入るくらいの頭が良くモテモテだったとのこと。

英語が得意だから外交官、弁護士にも興味がある、父の影響で医者、この3つで悩んだと言いますが、どれを取っても、誰にでもできる仕事ではありませんよね…

外交官は当時の国際社会の中での日本の存在を考えると、あまり大きなことはできそうもない(笑)。弁護士は人を助けるといっても数が限られてしまう。伝記を読むのが好きでしたから、野口英世に惹かれて医者になって病気の原因などを発見できれば、多くの人の助けになると思って(生命誌研究館

と京大医学部に1960年に入学。

さらに、大学時代は、英語サークル、レガッタ、交響楽団でフルート演奏者・楽団の幹事も経験。リーダーシップのある多彩な持ち主だったようです。

大学から現在に至るまで

1966年、京都大学医学部医学科を卒業すると、同大学の附属病院にてインターンに従事 。1967年、同大学の大学院で医学研究科生理系専攻に進学し、大学院在籍中に医師国家試験に合格すると、71年に医学研究科を修了、75年に医学博士号を取得。

略歴は、

  • 1971年京都大学大学院医学研究科 生理系専攻修了
  • 1971年米国カ-ネギ-研究所発生学部門 客員研究員
  • 1973年米国NIH 客員研究員
  • 1974年東京大学医学部助手
  • 1979年大阪大学医学部教授
  • 1984年京都大学医学部教授
  • 1988年京都大学遺伝子実験施設、施設長
  • 1996年 ~ 2000年京都大学大学院医学研究科長・医学部長

と、続きます。

スポンサーリンク




本庶佑の家族写真がコチラ!嫁・夫人と娘の名前や画像は?

86年にハーバード大学でセミナーを行うなどがん治療の先端をいくアメリカでも活躍をされていたいましたが、帰国を決意した要因の一つに家族の存在がありました。

 

帰国を決めた理由は2つ。1つは、アメリカで質の高い研究をした日本人はたくさんいるけれど、日本に戻ると総説をいくつか書いて、それでどこかに消えてしまう人が多い、そんな時代でした。そこで、日本発の良い研究をしてやろうという挑戦心が生まれたのです。もう一つは家族の問題。アメリカはやはりアングロサクソンの国ですから、そういう中で子供たちが育つことに不安を感じたのです。(生命誌研究館

妻(嫁)の本庶滋子 夫人と記者会見 画像


(出典:読売オンライン

本庶佑名誉教授 息子(画像)名前や大学,職業は?

恩賜賞・日本学士院賞のお祝の席で夫人と息子夫婦と撮影した写真とのこと。

息子さんについては情報が少なく、名前や大学、職業については調査中ですが、ご結婚はされているようですね。

わかり次第、追記します。

3日は、日本時間18:45~ノーベル化学賞の発表です。

ノーベル賞化学賞 2018【候補と速報結果】ライブ中継動画/発表時間

2018.10.03

スポンサーリンク




本庶佑 名誉教授(ほんじょ たすく)オプジーボでノーベル賞を受賞!

1日、今年のノーベル医学生理学賞に京都大名誉教授の本庶佑氏らが選ばれたと報道。

本庶佑氏は、これまで、PD-1というT細胞を発見し、小野薬品工業と共同研究して、「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)を開発したことが評価された形です。

オプジーボ・PD-1って何?

ところで、PD-1やオプジーボってなんだろう?

PD-1とオプジーボの開発については下記のように説明されます。

人間の体には「免疫」があり、免疫細胞(T細胞)が体外から入ってきた異物、病原菌や、体内で細胞が変化してできた「がん細胞」を検知して、これらを取り囲んで殺したり、動かなくしたり、体外に排除する働きをします。

ところが、T細胞の働きが悪く、がん細胞を抑え込むことができなくなると、がん細胞の表面にある「PD-L1」あるいは「PD-L2」という分子が、T細胞の「PD-1」と結合し、T細胞の動作を止めてしまい、免疫を効かなくします。これを「がん免疫逃避機構」と言います。この結果、がん細胞が増殖し、画像診断でも明らかな「がん」となるのです

これに対して、免疫チェックポイント阻害薬は、PD-1またはPD-L1にふたをかぶせ、T細胞のPD-1とがん細胞のPD-L1とのつながりを阻害します(働かなくします)。この結果、免疫が再び元に戻り、がんを撃退することができます。

(引用:トウシル

病原体と免疫細胞が「PD-1」によって繋がれてしまうことにブレーキをかけるのが「オプジーボ」とのこと。ガン細胞は免疫細胞と「PD-1」によって繋がってしまうと、免疫細胞をて名付けてしまい、ガン細胞を攻撃するのを阻止しようとします。そこで「オプジーボ」で「PD-1」に蓋をすることで、免疫細胞本来の働きを促し、ガン細胞を攻撃することをができるようになるというわけですね。

小野薬品 「オプジーボ」株買い上げの動き

「オプジーボ」開発と製品化による小野薬品工業(4528)の銘柄の変動については以下の記事で詳しく書かれています。

3日は、日本時間18:45~ノーベル化学賞の発表です。

ノーベル賞化学賞 2018【候補と速報結果】ライブ中継動画/発表時間

2018.10.03

スポンサーリンク




3日は、日本時間18:45~ノーベル化学賞の発表です。

ノーベル賞化学賞 2018【候補と速報結果】ライブ中継動画/発表時間

2018.10.03

スポンサーリンク




スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください