角幡唯介 探検家の経歴は、早稲田大学探検部からはじまる大冒険!「犬1頭を連れて冬の北極圏へ」

「探検家かぁ。男のロマンだな…」などと戯言をぼやきながら”探検家”としての角幡唯介(かくはたゆうすけ)さんに興味を持ち調べてみることに。4月7日(土) ETV特集「極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~」(23時00分~)に露出される角幡唯介さん。実家はスーパーを経営していたという彼の探検家として経歴の始まりは、早稲田大学時代、所属した探検部からはじまっていた。犬1頭を連れて太陽が昇らない冬の北極圏の探検を・・・「誰もやっていないことをやる」その信念を胸に抱くは、何処?

角幡唯介がテレビ出演 放送日程と放送局

4月7日(土) ETV特集「極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~」(23時00分~)に探検家・角幡唯介さんがご出演されます。

番組あらすじ
厳冬の北極圏で何か月も太陽が昇らない「極夜」。探検家・角幡唯介は、この暗闇と極寒の世界をたった一人で旅をした。猛烈な吹雪に襲われて方角を知るすべを失い、食料が底を尽き生死の境をさまよう。壮絶なサバイバルが繰り広げられた「極夜」の世界で、角幡は何を見たのか? 自撮りカメラには、極限の状態に置かれた人間の生々しい姿と肉声、そして人類のはるかな記憶に回帰していく探検家の思索の跡が収められていた。

角幡唯介のプロフィール


角幡 唯介(かくはた ゆうすけ)さんは、1976年2月5日北海道芦別市生まれの42歳。函館ラ・サール高等学校を卒業し、早稲田大学政治経済学部卒業。同大探検部OB。

角幡唯介の略歴

2001年、ヨットで太平洋を航海後、ニューギニア島トリコラ北壁初登頂
2002-03年、チベットのヤル・ツアンポー川峡谷の未踏査部を探検
2003年、朝日新聞社入社
2008年、朝日新聞社退社、ネパール雪男捜索隊に参加
2009-10年、ツアンポー峡谷の核心無人地帯の完全踏破を目的として、チベットのヤル・ツアンポー川を探検
2011年、カナダ北極圏1600Kmを徒歩で踏破
2013年、朝日新聞社書評委員

角幡唯介の本

探検家の傍ら、経験を元に綴ったノンフィクション作家としても知られ、著書には、『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(2010年),
『雪男は向こうからやってきた』(2012年),『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(2013年),『探検家の日々本本』(2015年)などで、数々の賞を受賞。近著に37日間の漂流を経験した漁師を描いた『漂流』(新潮社、2016年)は、スケールの大きな作品などと書評される。

◆小中学校の頃は元気が良すぎる子ども

探検家となる前、小中学校時代の角幡唯介少年はやんちゃ。スキーで転ぶなどして4回骨折。教室では先生をからかって、みんなを笑わせるなどのキャラクターで、客観的に”先生にとっては腹立たしい存在”だったのではないかと自分を分析。

◆実家の家業は継がない。反骨心が駆り立てた野望

実家は、近隣の町にも店舗を構える大きなスーパーを経営。実は長男だという角幡唯介さんは、家業を継いで欲しいという親の思いを感じつつも、反発。この反骨心がすぎて、「人と違うことをやりたい」という熱に変わり、函館市の函館ラ・サール高校に入学すると、寮生活を選び、1年浪人して早稲田大学に入学。

◆早稲田大学時代の一歩

早稲田大学時代の一歩は大きかった。早稲田を中退した母方の伯父の影響で早稲田を選んだという角幡唯介さん。なんでも、伯父さんは、変わった人で、髪を伸ばしジーパン姿で突然やって来るような「風来坊のおじさん」。彼のイメージが強く、そうか早稲田に入れば、なんでもできるんだと勘違いしていたようです。ラグビーサークルを1年で辞めて、2年生からは探検部に入部。中国のタクラマカン砂漠の横断やアフリカでの怪獣探しといった変わった活動をしていたことで、「ラグビーより自分の生き方を決めてくれそうな予感」をしたとか。

2年生の夏休み、ミャンマーを訪れ、帰国後、先輩が富山県の剱岳の頂上にコンクリートを2メートル盛りつけ、「3000メートル峰にしてやろう」と提案。猛反対され断念しましたが、計画書を部に提出するなど熱は収まらず、その後の<社会常識に風穴を開ける発想に影響を受けた>と回顧。

スポンサーリンク



角幡唯介の旅の終着点「なぜ、旅を続けるのか」

そんな経歴を持つ、角幡唯介さんですが、今となっては、最も注目を集める探検家。
過酷な環境のなか、数ヶ月にも渡って極限状態での旅を続けるのか、彼の旅に終着点はあるのか。

先ほども書いたように、親や、育った環境から反骨心を抱き、なるべくして探検家となった角幡唯介さん。

チベット南東部にあるツァンポー渓谷へは2回、探検の経験

ここは、“空白の5マイル”と呼ばれ、チベットを流れるツァンポー川がこの渓谷からどこへ流れるのか不明とされる地帯ですが、<渓谷の標高差から、ナイアガラの滝クラスの幻の滝があるかもしれないという伝説>から、数々の探険隊がこの地をめざしたことがある。大学時代に1回ここを探検しますが、発見することはできずに2002年に単独でリベンジ。著著「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」では、見事、滝と巨大な洞穴を発見したと記しています。

北極圏にも数回「3ヶ月間で10kg以上減った」

北極圏にも数回行っているというのですが、1845年、北極探検に出たイギリスのフランクリン探険隊の隊員129名が全員死亡するという事故があった場所でもある北極。普通なら避けたいものの、角幡唯介さんは、その足跡を辿るというテーマをもっての探検に挑みます。2011年3月からおよそ3ヶ月半、氷や湿地帯のツンドラの上をおよそ1600km、100kg近くのソリを引いて探検。100kgのソリを引き上げるのに、マイナス40℃という寒さが加わるため、1日5000kcal食べていてもどんどん痩せていってしまうとか。結果的に、3ヶ月間で10kg以上減ったという珍エピソードも彼ならでは。

スポンサーリンク



また、2016年から、犬1頭を連れて太陽が昇らない冬の北極圏=極夜の探検を始めます。

犬との旅について

犬は、“ウヤミリック”という名前。向こうの言葉で“首輪”という意味だが、名前の由来は、首輪がたまたま目に入ったから。
リポーター「毛並みが白くてちょっとクリームがかっていて、目が金色で、かっこよくてすごく賢そう」
角幡唯介さん「いや、賢くはないと思います(笑)。割とキレイな顔立ちをしていて、体も大きくて性格が良さそうだったから、その犬を選びました」

(出典元:公式ブログ

さらに、「犬ぞりは通常5~6匹、多いときに10頭ぐらいでソリを引かせるんですが、僕の場合は1頭なので、僕と犬でソリを引いています。あくまで補助ですね。とはいえ、かなり引いてくれますね。70キロ分ぐらいは引いてくれます。例えば150キロの荷物をソリに乗せたとしたら、半分ぐらいは犬の力で引いてくれていると思いますね」と、こだわりを説明するも「今は頼りになりますが、最初は全然ダメでしたね(笑)」と笑いを誘う場面もあり、なかなか自虐的なコメントも映えますね!

極夜は、白夜の逆で一日中太陽の昇らない状態のこと。太陽が登らない期間は2ヶ月とされ、確かに暗さへの恐怖はありますが、<まだそれだけの期間太陽を見ない生活を経験したことがないですから。>と新たな経験を胸に次の旅路を急ぐ。

「(太陽が)あるとないとでは全然違いますよ。太陽の意味や風の怖さ、月のありがたさも感じますね。月があるのとないのとでは、世界が一変するぐらい違います。」と語る角幡唯介さん。『極夜行』(2018年、文藝春秋)では<八十日ぶりに見た太陽は探検家に何を与えたのか。><極夜、暗闇のなか氷床を歩き続け三カ月ぶりに太陽を見た時、人は何を思うのか>について記されています。

最後に、

「―― 奥さんは探検に出ることに難色を示したりすることはないのですか?」との質問には、

それはないですね。そこを否定すると私の存在意義を否定することになると分かっているんだと思う。私が探検家ということを理解した上で結婚したわけですから。でもまあ、私が遊びで山へ籠もっているとやはりときどきはおもしろくないみたいですが(笑)。

(引用元:未知なるものを追い求めて 探検家・角幡唯介が、土地の向こうに見いだす世界

と、理解ある奥様の素性も明らかにしています。

角幡唯介の家族【画像】結婚した嫁は恐妻家、探検家の娘らしい子供の珍エピソード。にぎやかそうで微笑ましい。

2018.04.07

スポンサーリンク



SPONSORED LINK
SPONSORED LINK

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です