金足農の中泉一豊監督Wiki経歴,画像|吉田輝星投手の生みの親 指導法の秘訣は?

第100回全国高等学校野球選手権記念大会、
時速150キロ超えの怪物・
 プロ注目・金足農(秋田)の 吉田輝星(よしだこうせい)投手(3年)  が注目を集めていますね。

ところで、金足農業高校野球部の監督、
よくテレビで見るけど、一体誰なのだろう?
と調べてみたら、中泉一豊監督とのことで、

プロフィールと経歴、野球経験や戦績について
調べてみました。

一体、どのような指導方法で、
秋田103年ぶりとなる決勝進出へ導いたのでしょうか?

金足農業高校野球部、秋田103年ぶりとなる決勝進出の瞬間。

20日開催された準決勝で日大三(西東京)を1-2で下した金足農業高校。
秋田県民の雄叫びが只者ではないことを物語っています。
歴史的に見ても「103年ぶりとなる決勝進出」ということで、
今日は、地元も歓喜に包まれているのではないでしょうか。

▶︎試合結果は、こちらから。
準決勝 日大三(西東京) vs. 金足農(秋田)


さて、気になったのは、
103年ぶりにチームを、そして秋田県を
ここまでの歓喜で包み込んだ監督です。

まずは、簡単なプロフィールから。

中泉一豊監督(顔画像)Wikipediaプロフィールと経歴

中泉一豊監督監督は、
1972年生まれの45歳。
高校時代は、3年時の90年春に甲子園に出場。

秋田魁新報社

1991年に青山学院大学に入学し、
大学3年時に、1993年 全日本大学野球選手権で、
優勝経験があります。

「俊足強打の好選手だった」と語るのは、
金足農元監督の嶋崎久美さん(70)。

そして、秋田商業の元監督・小野平さん(69)からも
期待をされるほど指導者としての実績があります。

小野さんは、中泉監督が、
1997年秋田商に実習助手として赴任してきた際に、
初の専属コーチに起用。同校で3度の甲子園出場に貢献した中泉監督には、

「実直な人柄で、生徒の気持ちを酌んだ
指導をしてくれた。今も感謝しかない」
秋田魁新報社

と感謝の思い出いっぱいなんだそうです。

そして気になるのは、
監督としての指導法ですが、

吉田輝星投手の生みの親 指導法の秘訣は?

18日、ベスト4をかけた近江(滋賀)に
3―2で逆転サヨナラ勝ちした際に
打ち出した2ランスクイズ。


中泉監督も思わず、

「血が沸いたというか、興奮しました。
自然と喜びがあふれた」

と大興奮していましたが、監督は、
2ランスクイズを決めた9番・斎藤璃玖(りく)君(3年)に、

「まず同点ということだった。

 本来はスクイズはないが、斎藤にはしっかり狙ってとジェスチャー した。
しっかりとバンドを決めてくれた。
 選手を信じるしかないので、決めてくれると思ってました 

(引用:スポニチ

と話しています。

きちんと狙えるところを、狙っていく。
そして、選手を信じるということを徹底されているようです。

今回の試合でも、「お家芸」のバントを駆使して決勝進出。
なぜここまで、バントに強いのか、と言うと、
金足農業では、

「打撃練習では8がバント、2がバッティング」
「入学してみて『こんなにバント練習するのか』と思った」

とチームメンバーが話すほど
バントに力を入れているようなんです。

これは、元監督の嶋崎久美さんからの伝統で、
 「1点の重み」 を教え、

顔の位置やひざの高さを意識したバントを徹底させた
練習の積み重ねの成果なんだそうで。

監督も、その意志を受け継ぎます。

「バントはうちの伝統。強打者がいたとしてもバントさせる」

ただバントは走者が塁に出ることが前提のため、

「打たなければバントもできません」

(引用:朝日新聞

中泉監督だけじゃなくて、
その指示を信じる選手と、そして、
1点の重みを教えてくれた前監督からの教えがあっての
ことなんですね。

 

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