小松玄澄 善光寺貫主ついに解任。家族・妻子いながら女性問題・スキャンダルで裁判沙汰「女と金に煩悩され…」

歴史的に見て”善光寺の変”ともいうべき大氾濫がついに閉幕か。天台宗寺院大勧進(だいかんじん)のトップ・小松玄澄貫主(こまつげんちょうかんす)が3月31日を持って解任となった。時系列で見れば、ことの発端は、2004年の女性問題(長野地元女子アナと不倫関係にあった)や自筆の書を高額販売した問題などが週刊誌に掲載されたことに由来。家族は妻子がいながら、”女と金”に煩悩された小松玄澄貫主は、2011年の裁判で辞任を促されていた経緯がある。2016年には、複数の60代女性からセクハラ・パワハラ告発もあり、2018年1月には辞任勧告を受けた辞任意向を示す会見を開く。そして、いよいよ31日を持って、解任へ。長く10年以上にわたる”善光寺の変”は幕を閉じることとなるのか。

小松玄澄貫主のプロフィールと経歴

小松玄澄貫主は、1933(昭和8)年、京都府宇治市生まれの84歳。

1956(昭和31)年、龍谷大学哲学科を卒業。天台宗務庁総務課長、京都仏教会事務局長など要職を経て、1991年に善光寺大勧進副住職、2002年4月に大勧進貫主に就任。全日本仏教会副会長、長野県仏教会会長も兼任。(参考元:http://toyoda.tv/zenkoji.kanzu.htm)

時系列で見る”善光寺の変”小松玄澄貫主の醜態をめぐる動き

善光寺をめぐっては10年以上前から内部でトラブルが続いています。
この10年間の動きは、少々複雑だなと思ったので、情報を整理してみました。

2002年4月、小松玄澄貫主が大勧進貫主に就任。

2年後の2004年、天台宗の25ある一山(いつさん)寺院すべてに送られてきた匿名の投書が届きます。内容は、女性問題や自筆の書を高額販売した問題などで、それらが週刊誌に掲載され全国的に注目を集める。

まず、書の高額販売に関してですが、小松玄澄貫主は、就任した02年ごろから、商社を通じて、を販売していたようです。

小松玄澄貫主、書が売れれば懐に2万円。給料50万円の副収入か。

一般的に、お寺の修復の際などに、寄付を募る意味でを書き、気持ちとして5万円から5000円のお布施をいただくことはあるといいますが、小松玄澄貫主の場合は、表装を施した掛け軸にして、25万~30万円の定価販売。善光寺の歴代貫主の中でも定価をつけて販売したものなど一人もいない前代未聞。ご真筆が1幅売れたら、NPO法人には1万円を寄付され、善光寺には一銭も入らず、小松玄澄貫主には2万円がはいるのだという。ちなみに、小松玄澄貫主の給料は、大勧進から30万円、善光寺からは20万円ぐらい。副収入として2万円×が入るという換算になるのでしょう。

続いて、女性問題に関してですが、小松玄澄貫主には、3人の不倫相手がいたようです。

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◆小松玄澄貫主、妻子持ちでありながら家族に秘匿な不貞関係が想像以上だった

一人めA子さんは、地元の美人キャスター。仕事と称し、食事をし、度々ゴルフに出かけるといった不貞関係を示すもの。帰省するときは高級車(メルセデスのCL55AMGFIリミテッドエディション)を飛ばしているといいます。ただ、高齢者の運転は怖いもの。雪が積もる長野の冬でも、平気でノーマルタイヤで走るから、危なっかしくてしょうがない。「車体の後部が近くに駐車していた青いスターレットに勢いよくぶっかってしまったのです。ところが、貫主様は車から降りずに、そのまま走り去ってしまった。」との目撃情報も。当て逃げは、れっきとした道路交通法違反。

そして、一番親密な関係にあるのは、B子さん。彼女はすでに肉体関係にあるようで、そのメール内容が、週刊誌に掲載されています。当時、相手の女性は60を過ぎ、小松玄澄貫主とて70歳を超えているとは思えない内容。とても読めたものではないのですが、どうしても内容が気になる方はどうぞ。

2009年、いよいよ許せなくなった天台宗の一山(天台宗の25寺院の住職らで構成する)代表者は小松玄澄貫主を相手取り、辞任や損害賠償の支払いを求めて長野地裁に民事提訴。

2011年、東京高裁での判決では、辞任の請求は棄却されたが、小松玄澄貫主に対して慰謝料(一部)の支払いなどを求めた。裁判長から自発的な辞任勧告。

小松玄澄貫主、裁判で辞任勧告受けるも、懲りずにパワハラ・セクハラ横行

さらに、2016年6月、60代の女性職員にが差別的な発言をしたとして、別の職員が部落解放同盟県連合会に相談。また、別の女性職員からは、小松玄澄貫主から「毎晩、男を部屋に連れ込んでるんやないか」と言われ、「そんなことしてない」と答えると「じゃあ俺が行ってやろう」などとセクハラ発言があったという。こうしたセクハラ被害を名乗り出る女性職員が続出。

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これらの問題を受け、天台宗の一山は、623日、小松玄澄貫主に本堂への出仕を禁止する通告書を渡し、また、善光寺大勧進の信徒総代は625日、辞任を求める勧告書を手渡すも…担当弁護士は「セクハラ、パワハラ、中傷、差別発言等、一切ありません。女性関係もありません。辞任勧告についても事実に反することが理由ですからね。それにそもそも辞任勧告を受けても、それを決められるのは天台宗のトップである天台座主だけ。ですので、やめる必要はないと考えております」とした上で、小松玄澄貫主は、本堂で行われる法要や儀式への参加を自粛するにとどまっていました。

◆小松玄澄貫主、往生際悪く、権力闘争の一部として出た“デマ”だったと主張

2016年8月、長野地方法務局が『人権侵犯の事実があったと判断できない』として“審判事実不明確”の決定を下す。は、「私を失脚させようとしているグループがいる。その人たちが、私の差別発言やセクハラ発言をでっち上げて『昇堂自粛』に追い込んだのです」などと、問題は、宗派をめぐる権力闘争の一部として出た“デマ”だったと主張。「まずは私の名誉を回復していきたい」と大勧進貫主の座に居座り続ける。

2017年12月、辞任届を天台宗の事務方である宗務庁に提出。

◆小松玄澄貫主、いよいよ解任への動き

2018年1月、同寺大勧進で記者会見を開き、「貫主として平常通り、法要及び儀式に復す」と法要や儀式への参加を再開する意向を表明。一定期間後に貫主を辞任する考えを示すも、「しかるべき時期をもって貫主の地位を後進に譲りたい」と述べ、具体的な再開や辞任時期などへの言及は避けたことでより大きな波紋を呼ぶ。


記者会見する善光寺の小松玄澄貫主(右)と植田忠司弁護士=11日、長野市の善光寺大勧進(参考・出典元:産経新聞

2018年3月、小松貫主は、辞任を撤回する意思を示すも、宗務庁は「辞任届の撤回は有効ではない」として解任の処理を進め、31日に解任が決定。小松貫主は貫主としての地位確認を求めて裁判所に仮処分を申請。

長く10年以上にわたる”善光寺の変”は幕を閉じることとなるのか。

おわりに

小松玄澄貫主の行ってきた醜態、ついに法に裁かれる時がきましたね。

自筆の書を高額販売した問題については、個人的にはセクハラやパワハラよりも悪態をつく行為というか、信者からお金をむしとる神経が、許せないですね。まさに煩悩に自らを委ねた結果です。

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