樹木希林 死去[一時危篤 画像]病院は鹿児島で治療,植松先生!ガンの状況/ステージ末期?

突然の訃報に驚きましたね。

いうても、これまで全身ガンを患っていることは知っていましたし、万引き家族では、実際に死人役を勤め、まるで樹木希林さんそのものの人生を演じているかのようでした。

15日、75歳で、樹木希林(きききりん)さん(本名・内田啓子)が死因は全身ガンだったのか?ガンの状況はステージ末期(IV)?病院は鹿児島のどこ?治療費は1回300万円?など病気について調べました。

樹木希林 死去[一時危篤 画像]息子の本木雅弘明かす

2004年、乳がんから始まって、2008年には腸、副腎、脊髄に転移、2013年全身癌と宣告されても、なお、5年間も生きた樹木希林さん。息子で俳優の本木雅弘さんが先月の30日、明かした樹木希林さんのガンの状況は、気管支が弱く、がんの影響もあり「一時は危篤の状態だった」と言う。

「細い糸1本でやっとつながってる 」と自分の状態を絵に描いて見せた樹木希林さん。樹木希林さんは、今年の8月知人宅で転び、左大腿骨を骨折。15日に手術。

こちらが実際の画像でございます。

動画にて、本木さんが語っていますので、参考にご視聴ください。

旦那の内田裕也 樹木希林死去前に電話で『今まで悪かったね』

手術前には、『今まで悪かったね』裕也さんも『そうか、こっちこそ悪かったな』と電話口で話していたようです。『事実をワイドショーで知ったら、かわいそうでしょ』とのことで別居中とはいえ、最期をいつも気にかけながら、看取った旦那の内田裕也さんでした。

樹木希林さんガンの状況/ステージ末期?

さて、そんな樹木希林さんですが、現在のガンの状況はいかなるものだったのか?

  • 20046月に自分で触診して、乳がんだろうなあと直感する。
    ーすぐには病院に行かないで9月になってやっと病院で検査を受けます。
  • 2005年1月に乳房の全摘手術を受けます。
  • 2008年には、腸、副腎、脊椎に転移が見つかり、
  • 2013年には、全身ガンと宣告されます。

ガンのステージは、下記の通り、分類されており、樹木希林さんはおそらくステージ4末期の段階だったと思われます。

ステージ0 がん細胞が粘膜内に留まっており、リンパ節に転移していない。
ステージ1 がんの腫瘍が少し広がっているが筋肉の層までで留まっており、リンパ節に転移はしていない。
ステージ2 リンパ節に転移はしていないが、筋肉の層を超えて浸潤している。または、がんは広がっていないがリンパ節に少し転移している。
ステージ3 がんの腫瘍が浸潤しており、リンパ節への転移が見られる。
ステージ4 がんが離れた他の臓器へ転移している。

長いガンとの闘いでした。抗癌剤治療、手術、などは一切受けない独特な治療法でした。

鹿児島の病院に通院していたといいますが、病院や治療法はどうだったのか?

樹木希林さん病院は鹿児島で300万 放射線治療(担当医は植松稔先生)

樹木希林さんは、遠く離れた九州の病院USAオンコロジーセンターで四次元ピンポイント放射線治療を受けます。

担当医の植松稔先生は「抗癌剤治療のウソ」という本を書いた人らしいのですが、この本は、真面目で化学的な見地から、抗癌剤のウソを説明している本で、専門用語やデーターを示した表でもって分析しているような知る人ぞ、知る面白い本らしいのです。

四次元ピンポイント放射線治療で、数年に一度、全身に転移している箇所すべてのガンを殺しているということで、 治療費用は、1回あたり300万円。かなりの医療費をかけていたと思われますが、それでも、「お金を払えれば全身転移のガン患者がすべて助かる」ということではなく。

「転移している場所が、放射線を当てにくい、または隣接臓器の関係で当ててはいけない場所であれば、治療できません。加えて治療ができても、全身のガンを殺してすぐに仕事復帰できる、というのはかなり珍しいケースです。業界では『奇跡』とされています」(エンタメウィーク

ガン医療関係者曰く、それでも、樹木さんの闘病が奇跡的にうまくいっていると言われていたようでした。

娘一家の子供で、樹木希林さんの孫に当たる内田 伽羅(うちだ きゃら)さんは、ロンドン郊外の女子校で寮生活を送りながら学業に努めているとのことで、話し方が少しハーフっぽいですが、ハーフではありません。樹木希林さんとの共演された時の映像。とても大人びた様子で私生活について話されていますね。

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