美輪明宏 若い頃ホームレス生活で養った霊感と名言は本物?三島由紀夫との不倫関係はいかにも文春が好みそう。

今夜2月24日(土)23時30分〜TBS系「人生最高レストラン」で美輪明宏さんが登場。実は美輪明宏さんは10代という若い頃に、ホームレス生活をされた経験が。一方、同性愛者で知られる美輪明宏さんですが、愛人関係にあった作家の三島由紀夫も実は同性愛者。今の時代でこそ、認められる関係でも、当時は”ゲイのパイオニア”と言われたのが美輪明宏さんで、煙たがられた過去も。二人の出逢いは、美輪明宏が若い頃働いていたというバイト先の「シャンソン喫茶店・銀巴里」(銀座)。美輪明宏さんは、「愛の讃歌」の他に「いとしの銀巴里」などの曲を残していますが、ここでは名だたる著名人が美輪明宏を目当てに集ったという。美輪明宏が幾人の男性と関係を持つ中で生まれた恋愛に効く名言とは?

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美輪明宏さんのプロフィール|戦争、原爆、上京、ホームレス生活を経験した若い頃

美輪明宏さんは長崎県長崎市に丸山家5人兄弟の次男として1935年5月15日に生まれた現在82歳。
実家は、長崎市内の「丸山遊郭」と名付けられた遊郭街。カフェを経営していたが、当時欧米と対戦状態にあった日本で、欧米文化は時代に合わないとされ金融業に転業。同時に1941年、10歳の時に長崎原爆投下を経験した美輪明宏さんは、その後髪の毛が抜け落ちるなどの後遺症に長く悩まされてきた。

終戦後、憂さ晴らしに観た映画の中で見た歌手が忘れられず、歌手を夢見て、1951年の春に国立音楽大学付属高等学校進学の為、15歳で上京。しかし、上京後まもなく実家が破産。学校を中退し、ホームレスに近い生活を送ることに。当時のことを美輪明宏さんは、下記のように話しています。

「実は戦後、新宿駅西口でホームレスやっていたこともあります」
「駅の構内は、焼け出された人がぎっしり住んでいた。雨露がしのげるところを探して、ビルとビルの間をさ迷いました。それでやっと見つけた寝られる場所で、体にかける新聞は、下着に入れて隠しておくんですよ。取られちゃうから」

貧しい時代の日本がありありと見えてきますが、だから、『寝るところがあるのは何て幸せなんだろう』って感謝できる」と美輪明宏さんらしい回答も。

 

さて、美輪明宏さんといえば、江戸川乱歩原作『黒蜥蜴』を三島由紀夫さんが脚本を書き、二人で共演したことがあるが、これはフィクションではなく、実際二人が愛人関係(三島は58年に結婚している)であったがために作られた作品でもあった。

美輪明宏と三島由紀夫の出逢い|「君には一つ欠点がある。それは俺に惚れない事だ」

美輪明宏さんの同性愛は有名は話だが、病弱な祖母の溺愛のもと育ったという三島由紀夫さんもまた、同性愛者。二人が結ばれるのは、そう不思議な話でもないのかもしれない。

元々の出会いは、美輪明宏さんが国立音楽大学附属高校似通っていた頃、アルバイト先の「シャンソン喫茶店(ゲイバー)・銀巴里」(銀座)にて。

美輪明宏と三島由紀夫の出逢い|三島由紀夫はその美しさを「天上界の美」と表現した。

1940年代後半から1950年代前半にかけて、戦時の日本軍でひそかに同性愛を経験した男性らが新橋や銀座にゲイバーを構えるようになっており、物珍しさから注目されていた。その先陣を切ったのが、美輪明宏さんとされる。当時22才だった丸山明宏(後の美輪明宏)さんの画像は、皆様も見たことがあるだろう。もちろん、化粧はしているが美少年という言葉では、足りないくらいのもので、三島由紀夫はその美しさを「天上界の美」と表現した。

これが、三島由紀夫や、野坂昭如、大江健三郎、遠藤周作、寺山修司といった文化人の指示を得た。特に三島由紀夫とはの出逢いは特別。当時、「三島由紀夫」という名が世に知れ渡り新進気鋭の文豪デビューを果たした彼と、音楽学校に通う一学生。互いに、意識をする仲で、会う回数を重ねるごとにお互いを尊敬し合っていったようだという。

美輪明宏の霊感や名言は本物なのか。

美輪明宏さんといえば、同時に”霊感”の持ち主だと噂されるように、本人曰く、「物心ついたときから、『目に見えないもの』が見えていた」という美輪明宏さん。それは、もちろん物理的な意味でものが見えているのではなく、心が見えているという意味でようだ。

「わたしはよく『見えるものを見なさんな。見えないものを見なさい』と言うんです。見えないもの、つまり『心』ですね。ありとあらゆる悲しみや喜び、そういうものを経験して、味わうために、わたしたちは生まれてきたのです」

(引用元:美輪明宏が過去のホームレス経験を激白!迷いの多い現代を生き抜く知恵を伝授!!

また美輪明宏さんは下記のような名言を残しており、一見、スピリチュアルな様相を示しているが、堅実な考えの持ち主なのかもしれない。

世の中の人は願い事が叶うように何かとご先祖さまや神さまを拝んだり、占い師に頼ったりします。わざわざ遠くのパワースポットを訪れることもあるようです。まあ、それも悪くないかもしれませんが、もっと確実で身近なパワースポットに気付くべきです。自分自身の微笑みが、それです。

(引用元:美輪明宏の名言|確実で身近なパワースポットは微笑み

ホームレス時代を経験してきた美輪明宏さんがだからこその言葉だ。
そして、そんな美輪さんは三島由紀夫だけではなく、幾人の男性と関係を持った。そのことについて、「殿方の悩みを食べて、殿方の涙を飲んで生きている」と名言を残した。

シャンソン歌手として初めは注目が集まったものの、次第に「男らしくない」と非難の声が強くなり、時に化け物扱いされ、見知らぬ人から石を投げられたこともあったという。(参考元:ゲイの先駆者・美輪明宏 化け物扱いされ石を投げつけられた過去)

今でこそ同性愛者との関係は日本において世間的にも受け入れられてきているが、当時はまだタブーな時代に、勇気を持って同性愛者だと週刊誌で公言した美輪明宏さん。美輪さんの持つ霊感と名言はやはり本物なのだと思う。

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