中村時広 愛媛県知事 元商社マンの経歴生かした構想。首相案件を巡る緊急会見の発言内容を動画でおさらい。

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18年4月10日朝、「本件は、首相案件」とする学校法人「加計学園」愛媛県今治市への獣医学部新設計画をめぐる新たな文書が見つかったと朝日新聞が報じた。さらに、同日夕方、朝日新聞は、中村時広(なかむら ときひろ)愛媛県知事が「職員が作成したメモ」と認めた文書全文を掲載。中村時広愛媛県知事の緊急会見の発言内容を動画でチェック!さらに、慶應義塾大学卒業→元三菱商事出身、というエリート元商社マンの経歴から、愛媛県庁では、「愛媛県庁を総合商社化」を構想しているという面白いプロフィールも持っている。なお、ご家族は、奥様の美由紀さん(石井出身)と結婚し、長男「時人」さんが生まれています。

文書をめぐり喰い違う”面会の事実”「面会はあったのか、なかったのか」

(スッキリ!2018年4月11日)

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4月10日、愛媛県の中村時広(なかむら ときひろ)知事は、朝日新聞の報道などを受けて緊急会見を開き、文書について、県職員が報告のための備忘録として作成したものと認めた。愛媛県職員により書かれたメモ=備忘録が、内容の通りだとすれば、2015年4月時点で、柳瀬唯夫首相秘書官(当時)が「首相案件」と言う言葉を使い「国家戦略特区の方が勢いがある」などと述べたことが明らかとなるが、柳瀬唯夫元首相秘書官は、「私の記憶する限り、面会はしていない」と面会については完全否定。

◆「首相案件」二ついてはこちらの記事でも書いています。

「首相案件」とは、意味を解説。中村愛媛県知事<「備忘録」と認めた文書全文>が意味する問題とは?

2018.04.11

柳瀬唯夫元首相秘書官 面会否定[動画]

中村愛媛県知事が緊急会見[動画]

会見での中村知事の発言によれば<15年4月2日に首相官邸を訪問した職員ら計4人から聞き取り調査を実施。うち1人が文書について「(知事への)口頭報告のために作ったメモ」で、「自分が書いたもの」と認めた。>とのこと。なお、記述の真実性について中村知事は<「職員が文書をいじる必然性はまったくない。全面的に信頼している」と強調。>

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また、メモ=備忘録の存在については、<中村知事は文書自体は報告用に作ったメモで公文書ではないとし、庁内には現時点で存在を確認できない。職員の文書に「首相案件」の記述があったかは「覚えていない」としたが、「国全体が岩盤規制を崩す動きをしていると受け止めた」と当時の記憶を遡った。>以上、中村知事の発言からは、柳瀬唯夫首相秘書官(当時)らと面会した事実はあることがわかり、柳瀬唯夫元首相秘書官と発言に喰い違いがある。(参考元:朝日新聞

中村時広のプロフィール

名前:中村 時広(なかむら ときひろ)
生年月日: 1960年1月25日(58歳)
出身:愛媛県松山市
学歴:慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。
趣味:読書、スキー、バドミントン
好きな本:坂の上の雲 司馬遼太郎著
尊敬する人:福沢諭吉
座右の銘:至誠通天
好きな言葉:天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず

(参考元:ウィキペディア)

中村時広の家族

衆議院議員総選挙で落選した1991年1月、奥様の美由紀(さん石井出身)と結婚し、長男「時人」さんが生まれます。

中村時広の経歴

元松山市長であった中村時雄と、母・敏子の長男として生まれ、慶應義塾大学を卒業すると、三菱商事株式会社へ入社。燃料部に配属し、ガソリンスタンドでの現場体験から貿易部門では中東などへ出向くこともあった。1987年、愛媛県議会議員選挙に出馬し、初当選。1990年、1期目の任期途中で愛媛県議を辞職。第39回衆議院議員総選挙では、無所属で出馬するも落選。1993年の第40回衆議院議員総選挙では日本新党公認で当選するも、1996年の第41回衆議院議員総選挙で惨敗。

1999年4月、松山市長選に出馬し、当選。中村時広氏は、単なる新人ではなく、父親が松山市長で自らも元国会議員であるという政治的資産を持っていた他、愛媛県知事に就任したばかりの加戸守行が「一市民として」中村への支持を表明したことで、現職の田中を下し、松山市長に就任。当時、39歳と歴代の松山市長と比べてかなり若く、市長選では連続当選で3期11年もの間市長を務めます。

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市長の政策の一環として、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をモチーフに「坂の上の雲のまちづくり」を展開し、30億円かけて2007年に坂の上の雲ミュージアムを開設しますが、この観光振興による地域活性化は上手くいかなかったようです。他には、坊っちゃんスタジアムへのオールスターゲーム誘致や、フィールド・ミュージアムの考えたりと、大変ユニークな発想の持ち主だったようです。また、国政に関しては、2009年8月大阪府知事の橋下徹らとともに、「首長連合」として第45回衆議院議員総選挙で民主党を支持すると表明しています。性格は、「既存のものを壊すのが大好き」とされ「同タイプ」の橋下徹から慕われていたことにも関係があるのかもしれません。

2010年9月、愛媛県知事へ就任。加戸が任期を2ヶ月残して辞任したため、愛媛県知事選挙への出馬を表明し、10月21日に松山市議会議長に対して、辞職願を提出。愛媛県では、「愛媛県庁を総合商社化」と題し、産業育成施策に熱を入れています。具体的には、2011年から優れた技術や産品を集約した「スゴ技(高い技術力)」、「すごモノ(優れた製品)」、「すご味(全国に誇れる農林水産物や加工品)」、「スゴVen.(独創的なベンチャー企業)」に関するデータベースを構築したり、県庁内に「営業本部」を立ち上げ、データベースも活用しながら、県内生産者・事業者等の販路拡大のための営業活動を始めたり、元商社マンとしての経歴を生かして、県庁の総合商社化へ邁進。その甲斐あってか、県関与年間成約額の実績は8億円程度でしたが、2年目は27億円、3年目は56億円と、毎年倍増ともいえる成長を続けているようです。

2012年9月2日、自身が代表を務める政治塾「えひめ志高塾」を開講

◆「首相案件」二ついてはこちらの記事でも書いています。

「首相案件」とは、意味を解説。中村愛媛県知事<「備忘録」と認めた文書全文>が意味する問題とは?

2018.04.11
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