木下桂子 大友康平の嫁から離婚を切り出され、HOUND DOG裁判へ発展?

1980年代後半から90年代にかけて、「ff (フォルティシモ) 」などで大ヒットしたHOUND DOG(ハウンドドッグ)のボーカルとしてバラエティ番組にも出演する俳優・タレントの大友康平(おおともこうへい)。所属事務所マザーエンタープライズと決別し、個人事務所イエホックを設立。現在は、一人でバンドを続けている。そんな大友康平の妻は元ファッションモデルで、スタイリストの木下桂子(大友桂子)さん。結婚を前提にした交際も4年目を迎えたある日、プロポーズの言葉は、漫画「釣りバカ日誌」のパクリだった?HOUND DOG裁判事件には、嫁・木下桂子さんから離婚を切り出されたことが発端?

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大友康平のプロフィールと経歴

大友康平(おおとも こうへい)は、1956年1月1日宮城県塩竈市生まれの62歳。


幼少時代から、歌うのが、大好きで街のカラオケ大会等で熱唱。高校は、埼玉県立川越工業高等学校建築科へ入学し、バンドを作り、一浪して入学した東北学院大学ではサークルのメンバーらと「HOUND DOG(ハウンドドッグ)」を結成。

バンドは、1980年3月21日にシングル「嵐の金曜日」でメジャーデビュー。日清カップヌードルのCMに使われた大ヒット曲「ff (フォルティシモ)」などで知られ、1990年には日本武道館で15日連続公演を行うなど、80年代後半から90年代にかけて、一躍有名になった。

大友康平とHOUND DOG、裁判の末。

しかし、大友康平は、「HOUND DOG」の所属事務所マザーエンタープライズから独立。個人事務所イエホック(iehok、康平を逆さにしたもの)を設立するが、独立に差し当り、イエホック移籍に難色を示したメンバーの蓑輪単志、鮫島秀樹と対立したことをきっかけに、バンドは崩壊の道へ。所属事務所マザーエンタープライズと、メンバーの間で、対立が生じ、裁判沙汰へ。06年から、09年まで約3年間に及ぶ裁判の末、現在もHOUND DOGは大友康平ひとりだけで活動を継続している。

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大友康平とHOUND DOG|嫁から離婚を切り出され・・・

また、この時、元メンバーの八島順一は、

「(05年3月15日に)大友から独立の話があった。その時に大友は『やっぱり、俺はマザーを辞める』と言い出した。理由を聞いたら、『(独立しなければ)離婚される』と言ったんです。釈然としなかった。大友に、色々、聞いたが他に答えはなかった。大友は、付いてきてくれるかどうかを聞いてきたが、みんな納得はしなかった」。

(引用元:大友康平裁判(7) 冷静に考えて曖昧だったイエホックの楠山寸賀子社長の証人尋問

と、大友康平への不信感を明らかにし証言しているが。まさか、これが事実ならば、大友康平は、かなりプライベートな理由から、この裁判を引き起こしたということになるが。

大友康平とHOUND DOG|悪いのは、お荷物発言

今更、「嫁に離婚を切り出されたから独立。」なんて言えずに、裁判では、大友康平と木下桂子夫人は、所属事務所マザーエンタープライズ福田信会長の「HOUND DOGお荷物」発言(「福田会長から『ハウンドドッグは事務所のお荷物だから解散しろ。独立は認めない。解散ツアーをすれば2000万円ずつ退職金が出る』と言われた」)から見るワンマン経営ぶりを一番の問題だと主張していたと言う。

大友康平のプラオベートはあまり明らかになっていないが、約30年ほど前に、元ファッションモデルで、スタイリストの木下桂子(大友桂子)夫人と結婚したと言われる。夫人の画像は、検出できなかったが、結婚までの馴れ初めにはこんなエピソードがある。

大友康平の結婚|木下桂子夫人との出会いと馴れ初め

そもそも、二人の出会いは、とある音楽番組にて。
木下桂子夫人に一目惚れしたという大友康平。
半年間は、相手にされたなかったようだが、交際から4年。

「今日の夜、お前に話があるんだ。落ち着いた場所でゆっくり話がしたいから」と高級中華料理店に向かい、食事を終えた後、「君を幸せに出来る自信はありませんが、僕が幸せになる自身は絶対にあります。僕と結婚して下さい。」とプロポーズ。

後日、木下桂子夫人が、大友康平の読んでいた漫画「釣りバカ日誌」の中で、同様文句を発見。
プロポーズのセリフを漫画からパクったことについて、大友康平は、「パクリではなく”引用”」だと主張しているとか。

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