岡潔の娘は数学が苦手と云う逸話。そんな子供に贈った名言に涙…嫁や家族と歩んだ数奇な人生が今宵ドラマに。

金曜ロードショー、特別企画 読売テレビ開局60年スペシャルドラマ「天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛~」は【放送日程】2月23日(金)21時~【放送局】日本テレビ系にて放送。本ドラマは、佐々木蔵之介と天海祐希ら豪華キャストを迎え、「多変数函数論研究」の第一人者、1960年、文化勲章受章を受賞した大阪生まれの天才数学者_岡潔(おか きよし)について、また彼の晩年のパートナーとなる嫁の岡みちさんが、苦労や挫折を乗り越える様を描いた作品。二人には、3人の子供がいたということですが、次女の松原さゆりさんは、実は数学が苦手だったという逸話も。数学の詩人とも言われた言葉表現に卓越した岡潔が、それを知って子供に贈った言葉に涙です。

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岡潔の人生が、金曜ロードショーで再現。読売テレビ開局60年スペシャルドラマ「天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛~」は【放送日程】2月23日(金)21時~【放送局】日本テレビ系にて放送。。本ドラマでは、佐々木蔵之介と天海祐希ら豪華キャストを迎え、「多変数函数論研究」の第一人者、1960年、文化勲章受章を受賞した大阪生まれの天才数学者_岡潔(おか きよし)について描かれています。

詳しいあらすじとキャストについてはこちら。

岡潔が原作ドラマ「天才を育てた女房」数学人生の中に家族愛を描く実話。キャストやあらすじ、感想は日本版「博士と彼女のセオリー」

2018.02.23

岡潔は、明治34年(1901年)4月19日、大阪市東区島町に生まれた。父祖の地は和歌山県の山村で和歌山県伊都郡紀見村=現在の橋本市。幼少時代は、物思いにふける様子から「きちがい博士」と言われた。その才能は、この頃か引けを取っており、のちに京都帝国大学、フランス留学を経験。文化勲章を受賞した当時は、奈良女子大学の教授を勤めていました。


(出典元:文化勲章受章者 世界的数学者「岡 潔」数学に対する熱意と偉業、情緒という日本人の心の大切さを未来に引き継ごう

岡潔という人物について詳しく書いた記事は、こちらです。

岡潔 数学の天才は精神病を患い逮捕?逸話と名言の数々残る「数学の思想家」結婚・家族、生い立ち・経歴について。

2018.02.23

その名誉とは裏腹に、世間には疎く六畳二間の賃家で、質素な暮らし。身なりに気にかけず、晴れでもゴム長靴を好み、ヨレヨレのスーツに、ネクタイはしない。研究一筋、研究三昧。そんな彼は、1925年(大正14年)4月1日、河内柏原の小山玄松(おやまくろまつ)の四女で、のちに晩年の妻となる”みちさん”と結婚。ちなみに上の姉は順番に、みどりさん、あいさん、みよしさんというそう。また、夫婦の間には娘二人。息子1人の合計3人の子供が生まれます。

次女は結婚しており、名前を松原さおりさんといい、長男は岡煕哉(ひろや)さん。

岡潔の子供|娘の松原さおりさんとの愛情深いエピソード

「私は父が四十のときに生まれました。」と話していますので、次女のさおりさんは、1941年生まれ。

さおりさんが物心ついた頃はちょうど研究が大変なときで、座敷でガラス戸に向かって机に向かう岡潔さんの印象が強かったと言います。

父の様子を座敷には入らず、次の間から見ていたというなんとも可愛らしい子ども時代を過ごしたさおりさん。そんな時は、休憩がてらすーっと立ち上がった岡潔さんがいつものように「おりちゅん」と話しかけ、頭を撫でくれるのが嬉しかったと話します。あの数学の天才が子どもに愛情を注ぐと思うとなんとも、くすぐったいようなそんな気がするのは、私だけでしょうか。とても情が深い方だったのですね。

「情」といえば、岡潔さんは、「情」や「情緒」という言葉をとても大切にされていたようです。

岡潔と言葉|「情」や「情緒」という言葉をとても大切にしていた

先出、松原さおりさんによれば、岡潔さんは、「情」について下記のように話していました。

「問題『x』を、長い時は七年も追い続けているが、本当は問題を『x』と定めた時点でその問題は情的には解けているのだ。あとは知や意の道具を使って表現するだけだ」

「x」とは、ある解を導く際に代数として置く記号のようなもの。まだ内容のはっきりしない「x」という問題に、ただひたすら関心を集め続ける。時に寝ることも忘れるほどに。しかし、岡潔さんは、理屈抜きでいれば、その時点で解けているのだと。情的にいえば、はそういった時に用いるそうです。これは、「知や意は、情という水に立つ波のようなもの」あるいは、「本当に『情緒』の世界と云うものは分けいれば分け入るほど不思議なものであって、ポアンカレの言葉を借りて申しますと、理知の世界よりは或ははるか二次元の高いのではないかとさえ思われます」と言う岡潔の根本的な思想にあるようで、なかなか解し難い表現ですが、娘のさゆりさんですら、初めはわからないけれど、何度か聞いているうちに、最初は聞こえな買った言葉が入ってくると言っています。なんども反芻し、人生経験を積んでいく中で理解できることもあるのかもしれません。

そんなさゆりさんは、10歳の時に奈良女子大学附属小学校四年に転入します。

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岡潔の子供|娘は数学が苦手だという意外な逸話

正確に言うならば、”数学”ではなく”算数”ですね。
先出、松原さおりさんは10歳の時に、奈良女子大学附属小学校四年に転入します。しかし、算数のテストで悪い点数を取ってしまい、父の岡潔が学校に呼び出されました。数学の天才と言われる岡潔が娘の算数苦手を知り、どのような反応をするのかきになるところですよね。担任が「お嬢さんはちょっと算数が遅れていらっしゃるようだから、夏休みに見てあげてくれませんか」とたたみかけると、何かを返答した岡潔。

さゆりさんの記憶にはありませんが、岡潔の残したエッセイ本によれば、「鞍上人なく鞍下馬なし(あんじょうひとなくあんかうまなし)」とこの時の出来事を振り返っています。
意味は、「間違いやすいから間違うのではなく、間違えたいから間違うのである」「生命力は表へ出ようがないから、裏へ出たのであろう」と。

学校から帰ると、二人は縁日で笑いあったそうですが、大きくなってからも「お前が、数学ができないわけがないじゃないか」と応援してくれたようです。ただ、さゆりさんの数学嫌いは今でも変わらないようです。

(参考元:父、岡潔の思い出

少し、意外なエピソードでした。

しかし、岡潔には他にもたくさんの逸話が残っています。
天皇陛下に戦争中止を直訴?強盗事件を犯し逮捕?など。以下の記事で書いています。

岡潔 数学の天才は精神病を患い逮捕?逸話と名言の数々残る「数学の思想家」結婚・家族、生い立ち・経歴について。

2018.02.23

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