「坂本堤弁護士一家殺害事件」実行犯の現在・TBS責任問題の真相や動画は?

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今月6日、地下鉄サリン事件などで死刑が確定していたオウム真理教(現「アレフ」)教祖・麻原彰晃(あさはらしょうこう/松本智津夫)死刑囚ら7人の死刑執行が決定しましたが、

ジャーナリスト・江川紹子からの紹介で、この事件に関わったとされる坂本堤(さかもとつつみ)弁護士の妻と息子の3人がオウム真理教信者によって殺害された通称「坂本堤弁護士一家殺害事件」。

今回は、この事件のTBSの責任や問題となった映像の動画はあるのか?

また、事件の真相や、実行犯は誰なのか?

坂本堤弁護士の自宅現場は、洋光台のアパートのどこ?住所などについて調べました。

坂本弁護士一家殺人事件の概要

この事件が発生したのは、1989年11月4日に発生。

旧オウム真理教の幹部6人が、オウム真理教問題に取り組んでいた坂本堤(つつみ)弁護士と家族の3人を殺害した事件の事です。

坂本堤弁護士のプロフィール

東京大学法学部を卒業し、昭和62年から「横浜法律事務所」で9人の同僚と活動していた若手弁護士。JR労使問題他、オウム真理教絡みの事件に関与していたと見られています。

また、89年5月頃からジャーナリスト・江川紹子からの紹介で、教団の出家信徒の母親から相談を受けて教団と交渉するようになり、オウム真理教の反社会性を批判・追及し「オウム真理教被害者の会」を組織。メディアにも取材を受けるようになっていました。

松本死刑囚(麻原彰晃)は、「坂本弁護士が警察に事情を話し、教団を捜査させようとしている」ことを危惧し、89年10月教団幹部らに「抗議をするよう」指示。

89年10月31日、坂本弁護士と幹部らは、「法律事務所」にて話し合いを行いますが、協議の末、平行線に終わり、報告を受けた松本死刑囚は「今ポア(チベット語で殺人を意味する)をしなければいけない問題となる人物はだれと思う?」と聞き、坂本弁護士が教団にとって障害になるとして、殺害を指示。

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実行を指示された6人の幹部は11月3日午前9時頃に村井秀夫(むらいひでお※95年4月に教団東京総本部ビル前において、殺害された。実行犯は三重県伊勢市所在の右翼団体「神洲士衛館」の構成員・徐裕行とされる。動機は、単独犯の可能性やオウム教団の口封じ説などがある。)が用意したセダンとワゴン車に分乗し出発。

坂本弁護士の自宅がある横浜市磯子区洋光台のアパートで待ち伏せするも、深夜まで待っても現れず、人は4日午前3時過ぎ、坂本弁護士の自宅に侵入。就寝中の坂本弁護士(当時33)のほか、妻都子(さとこ)さん(同29)と長男の龍彦ちゃん(同1歳2カ月)の首を絞め付けるなどして殺害。遺体を新潟、富山、長野各県に埋めたとされています。

当時は、弁護士一家行方不明事件として扱われていて、1995年(平成7年)春、岡﨑一明が自供をしたことで、事件の真相が明らかになりなりました。

坂本弁護士一家殺人事件の自宅住所は洋光台アパート

自宅住所は、「神奈川県横浜市磯子区洋光台三丁目35-7201号室

炊飯器はスイッチが入っており、保温状態。

使った食器は現れずにシンクにあり、

坂本弁護士の定期券やメガネ、日誌は残っていたことなどから、

自分の意志で逃亡したのではなく事件性が疑われました。

坂本弁護士一家殺人事件の真相や実行犯

実行犯は、殺害された村井秀夫(むらいひでお)の他、

麻原・新実・早川・中川が18年7月に死刑執行済み。

早川紀代秀(68)=福岡拘置所

早川 紀代秀(はやかわ きよひで) 1949年7月11日兵庫県川西市。教団幹部として支部設立に従事。1989年の坂本堤弁護士一家殺害事件に参加し、殺害に関与。

新実智光(54)=大阪拘置所

新実 智光(にいみ ともみつ)1964年3月9日元オウム真理教幹部。

中川智正(55)=広島拘置所

中川 智正(なかがわ ともまさ)1962年10月25日岡山。出家してわずか2ヵ月後、坂本堤弁護士一家殺害事件に関わる。1993年10月から、土谷と、化学兵器製造に従事、サリン合成の成功に伴い池田大作サリン襲撃未遂事件、滝本太郎弁護士サリン襲撃事件、松本サリン事件に関わる。

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また、端本 悟(はしもと さとる)死刑囚(1995年7月9日、埼玉県大宮市の短期賃貸マンションに他の信者3人と共に潜伏しているところを発見、逮捕され2007年に死刑確定)は、現在、名古屋、大阪、仙台、広島、福岡のいずれかの拘置所に収容され(多数の共犯死刑囚を分散させて収容するのは、主に(1)死刑囚の心理面への配慮(2)拘置所側の負担軽減-があるとされる。)、

自供した岡﨑 一明(おかさき かずあき)死刑囚は現在は名古屋拘置所に収監され死刑判決を受けている状態だと言います。

坂本弁護士一家殺人事件のTBS責任の動画は?

こちらは、「TBSビデオ事件」を受けて、TBSが謝罪する動画ですが、

実は、TBSの報道が坂本弁護士一家殺害事件の引き金を引いたと言われています。

1989年(平成元年)10月26日に東京放送(TBS)、ワイドショー『3時にあいましょう』番組スタッフが、当時社会問題化し始めていたオウム真理教の実態を調査すべく「水中クンバク実験(どれくらい水中で息を止めて潜水できるか精神的な修行を兼ねたもの)」の取材を行います。実験終了の19時頃、女性リポーターが麻原彰晃へインタビューを行いますが、この時、弟子たちが金曜日担当プロデューサーを囲み、「そんな取材でどのような報道をするのか」と迫る。これに対して、「被害者の会」や「坂本弁護士のインタビュー内容」も併せて紹介すると答えたところ、どんな放送になるのかと心配したオウム側が「テープを見たい」と迫り、このプロデューサーがその要求を簡単に引き受けたと証言するのが、女性リポーターでした。

この時の押し問答はこちらの動画からご視聴いただけます。

そしてプロデューサーが見せたテープの内容は、オウム真理教を批判するものでした。この情報を察知したオウム真理教幹部らが、TBSの千代田分室を訪れて抗議し、放送が中止されます。しかし、この時に、TBS側は、取材映像を早川紀代秀元死刑囚ら教団幹部に見せてしまいます。このことが幹部らの反感を買い、同年11月の事件につながったとされるのです。

この時、もしテープを見せていなかったら、弁護士が殺害されることはなかったのか?

この件は、他局の報道によって明るみになり、当初TBSは認めず、事実を隠そうとさえしました。この件を受けて、TBS番組担当プロデューサーは懲戒解雇され、当時の社長ら幹部は引責辞任し、後任社長のもとワイドショーを廃止、制作を担当していた社会情報局を解体する事態に発展。「TBS史上最悪の不祥事」として語り継がれています。

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