赤報隊事件とは|未解決事件の犯人は,島村にまつわる真相!そう簡単に真犯人が現れたら苦労しない

1月27日(土)、1月28日(日)の2夜連続で、草彅剛さん主演の下、NHKスペシャル(通称:Nスペ)の「未解決事件」 シリーズ・第6作目「赤報隊事件」がNHK総合で、放映予定。
赤報隊事件とは、87年から90年にかけて、朝日新聞や中曽根康弘、竹下登などを標的にしたテロ事件。特に87年、朝日新聞阪神支局に目指しぼうを被った男による襲撃、銃弾を受け、小尻知博(こじりともひろ)記者(当時25歳)が死亡した事件は、日本中を震撼させた。02年には時効が成立し、未解決事件となったが、09年2月「週刊新潮」が赤報隊事件の実行犯を名乗る男”島村”なる人物の実名手記を掲載したことが、業界では大きな波紋を呼んだ。週刊新潮の犯人は”島村”なる報道の真相とは?

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「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」とは|NHKドラマで実写化!

NHKスペシャル(通称:Nスペ)の「未解決事件」 シリーズ・第6作目となる今年は、30年前の1987年から1990年にかけ「赤報隊」を名乗る犯人が起こした言論テロ事件、通称「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」をテーマに、1月27日(土)、1月28日(日)の2夜連続で放送予定。

主演は、昨年「新しい地図」でユーチューバー草彅として、SNS発信を始めた草彅剛さん。ドラマに関する詳しい情報はこちらでお伝えしています。

赤報隊事件 草彅剛主演NHKスペシャルドラマ|キャスト配役やあらすじ,放送日程

2018.01.27

通称「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」は、今から30年前の1987年から1990年にかけた3年間、「赤報隊」を名乗る犯人が起こした言論テロ事件の総称のこと。

「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」とは|時代背景にあるもの

「なぜ、朝日新聞社が狙われたのか」というと当時の時代背景が大きく関係しています。

事件発生の約2年前の1985年6月、国家秘密法案(通称:スパイ防止法案)が国会に提出されるとメディア(特に、野党、日弁連、日本ペンクラブなど)が批判。特に、朝日新聞は社説「時代錯誤のスパイ防止法」や記事「スパイ防止法ってなんだ」など大キャンペーンを張り、廃案を主張。

こうした動きがあり、同年12月、法案は廃案になりましたが、翌1986年5月、修正案を提出し、同年の衆院選で圧勝した中曽根政権は、再提出の時期を探ります。そして、法案推進派の運動もあり、「スパイ防止法制定決議」が通過。すると、朝日新聞東京本社に嫌がらせ電話が殺到。

「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」は、その翌年、朝日新聞東京本社が襲撃されたのを皮切りに、2人の新聞記者が殺傷され、2人の首相が脅迫されたテロ事件へと発展していきます。中でも、1987年(昭和62年)5月3日朝日新聞阪神支局を襲撃した事件は、日本中を震撼させました。

(参考元:ウィキペディア

「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」とは?事件年表

1987年(昭和62年)1月24日朝日新聞東京本社銃撃事件

2階の窓などに散弾2発が打ち込まれる。(散弾の弾痕が発見されたのは10月1日)

同年5月3日朝日新聞阪神支局襲撃事件

世間は、憲法記念日でこの日は朝日新聞記者も休日ですが、出勤していた記者たちのもとに、目出し帽の男が突如現れ散弾銃で銃撃。記者2名が死傷。小尻知博さんが亡くなる。

(出典元:ツイッターより

朝日新聞社阪神支局2階編集室では犬飼兵衛記者(当時42歳)と小尻知博記者(29歳)と高山顕治記者(当時25歳)の3人が窓際のテレビでNHKの「独眼竜正宗」を観ながら、応接セットで夕食のすき焼きの鍋を囲んでいた。3人掛けのソファの真ん中に犬飼記者、そのテーブルを挟んで向かい側に小尻記者、犬飼記者の左斜め前の1人掛けソファには高山記者が座っていた。(引用元:赤報隊テロ事件

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同年9月24日朝日新聞名古屋本社寮襲撃事件

目出し帽の男が朝日新聞の寮に侵入、居間兼食堂のテレビと隣接するマンションに散弾銃を発射。

1988年(昭和63年)3月11日朝日新聞静岡支局爆破未遂事件

支局の駐車場に時限式の爆弾が設置される。不発のまま翌朝発見。

同年3月11日消印首相に「赤報隊」の脅迫状が届く

中曽根康弘前首相と竹下登首相に、「赤報隊」の脅迫状が届く。内容は、中曽根康弘前首相宛に、「靖国参拝や教科書問題で日本民族を裏切った。英霊はみんな貴殿をのろっている」「今日また朝日を処罰した。つぎは貴殿のばんだ」、竹下登首相宛に「貴殿が八月に靖国参拝をしなかったら わが隊の処刑リストに名前をのせる」というもの。

6月18日リクルート事件が発覚。

同年8月10日元リクルート会長宅銃撃事件

リクルート事件で世間を騒がせていた江副浩正・元会長宅の玄関に散弾が打ち込まれる。

1990年(平成2年)5月17日愛知韓国人会館放火

名古屋市の韓国人会館の入口付近が放火される。

2002年(平成14年)5月3日朝日新聞阪神支局襲撃事件 時効

犯人は現在もまだ明らかとなっていませんが、犯人像については、犯行声明や脅迫状の中で、戦後日本の民主主義体制を否定し、「反日朝日は 五十年前にかえれ」などと要求した右翼団体に夜ものだろうとされています。また、犯人は、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞を「反日マスコミ」と呼び、朝日、毎日に広告を出す企業に対しても、「反日企業」として攻撃対象にしていました。

また、犯行のねらいとしては、ジャーナリズムだけでなく、国民に対して「言うことを聞かないと朝日のような目にあうぞ」という脅迫の意図を持ち合わせていたこと、そのことによって、市民に対しても発言への恐怖心を与えた事件と記録されています。

さて、02年には時効が成立し、未解決事件となったわけですが、09年2月「週刊新潮」が赤報隊事件の実行犯を名乗る男”島村”なる人物の実名手記を掲載したことが、業界では大きな波紋を呼びます。

「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」とは|未解決事件の犯人は,島村にまつわる真相!

結論から言うと、未解決事件の犯人は,今となっては「週刊誌ガセネタ誤報列伝」とまで言われてしまうほど有名なデマ情報。

ことの始まりは、「週刊新潮」(2009年2月5日号)が、6ページにわたる大型記事を掲載したことから始まります。▼題して〈実名告白手記 私は朝日新聞「阪神支局」を襲撃した!〉

さらに、手記の第2回は2009年2月12日号に6ページ、第3回は2月19日号に6ページ、第4回(最終回)は2月26日号に4ページが掲載。4週連続、合計22ページにのぼる大型企画でした。

ライバル誌「週刊文春」は第1回の手記が載った翌週号(2009年2月12日号)で早速疑問を投げかけ、2月19日号では島村氏の元妻まで探し出し、さらには、当事者の朝日新聞も当時、網走(あばしり)刑務所に収監されていた島村氏まで出向き、虚言の疑いが濃厚だとして疑惑を指摘しています。

(出典・参考元:「週刊誌、オマエが言うなよ……」〜「虚構新聞」を超えた!! 週刊誌ガセネタ誤報列伝(第1回)〜

実は未解決事件が時効を迎えた後、赤報隊の犯人を名乗る人物は何人もいて、そのうちの一人を、取り上げただけの話。報道の世界では、未解決事件が時効を迎えた後、犯人だと告白をする人物が現れるのは、この事件に限ったことではなく、例えば、3億円事件などでも、例外ではないのだとか。

ジャーナリストの中には、下記のように発言する人もいて

「『新潮』の記事中、実行犯に犯行を依頼したある人物が『公的機関に所属する』とあるのですが、その公的機関とはCIAだという情報を入手した。そのため、新潮社の幹部に当てたところ、知らなかったらしく腰を抜かさんばかりに驚いていました」

(引用下:「週刊新潮」に登場した赤報隊実行犯”島村”の真偽

結局のところ、週刊新潮の報じた内容は全て虚偽。全て承知の上で掲載したのだろうと、当事者の朝日新聞も警察も虚偽と断定した情報です。

(参考元:「赤報隊事件の真実〜週刊新潮報道は何だったのか!?」

嘘か誠か、ジャーナリズムのあり方が問われた一つの出来事でもあったようです。もちろん、虚偽報道で人目を引くというのは、ジャーナリズムに違反する行為だとは思いますが、時効を迎えた悲しみを思うと、何か手がかりが欲しい、そんな世情があったのかもしれませんね。ガセ情報を流したのは、週刊新潮ですが、そうさせたのは、世間かもしれません。

今、小室哲哉さんの件で不倫報道が世間を賑わせ、一種の社会問題となっているように見えます。しかし、不倫ネタを求めているのは、世間と言えるように。

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