信貴芳則 岸和田市長の息子や家族は?フェイスブックやブログで意気込み語るも

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 4年前の13年岸和田市議の市長選で初当選。そして、4年後の11月26日無所属で立候補し、再選を果たし2期目を迎えた信貴芳則(しぎよしのり)市長。自身のブログやフェイスブックでは、「本当に有り難い、ありがとうございました。四年は、長いようで短い!1期目に痛感しました。公約実現のため今から全力で走りたいと思います。」と意気込みを語るも、4年前の大阪府岸和田市長選で、選挙前に現金200万円を自民党関係者に賄賂。公職選挙法では、「出納責任者は選挙運動に関するすべての寄付・収入と支出を収支報告書に記載しなければならない」また政治資金規正法は、「会計責任者に政治団体のすべての収支の報告を義務づけること」と定められており、法律違反で5年以下の禁錮、または100万円以下の罰金が科される可能性が出てきた。 実は、信貴芳則岸和田市長、2期目の市長再選を果たし、政治人生は順風満帆?と、思いきや、病気などに苛まれ、一時植物人間状態に・・・苦労の多い人生だった。その学歴・経歴は?嫁や息子など家族はいるの?

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 4年前の13年岸和田市議の市長選で初当選

そして、4年後の11月26日無所属で立候補し、再選を果たし2期目を迎えた信貴芳則(しぎよしのり)市長。

信貴芳則岸和田市長に醜聞!フェイスブックやブログで意気込み語るも

 
フェイスブックでは、当選当日の様子を投稿。

 そして、その前夜。ブログではこんなことをつぶやく。

2017-11-25『有難い、ありがとう』
『有難い、ありがとう』今現在、私の心の底からの声です。
沢山の人に支えられてここまで来れました。
いよいよ、あと1日!
政策を語り続けます!
(引用元:http://shigiyoshinori.jp/)

 2期目当選を迎え、意気込みを語るも、まさかの賄賂。
しかし、信貴芳則岸和田市長は、自ら朝日新聞に証言したと言うから、驚きだ。

朝日新聞が報じた内容は、下記の通り。

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自ら証言「選挙で応援してもらうために、挙前に現金200万円を自民党関係者に預けた」なぜ、このタイミング?

◆朝日新聞報道の内容

・4年前の大阪府岸和田市長選で、選挙前に現金200万円を自民党関係者に預けた
・この自民党関係者は「現金200万円を預かり、2013年10月に地区幹部に渡した」と証言
・そもそも、現金を預けた経緯について信貴芳則岸和田市長は『選挙で応援してもらう趣旨かとの質問に「そうですな」と答えた。』と証言
(参考元:朝日新聞
→つまり、当選を確実なものにするために、賄賂を行っていた可能性が浮上。
→11月26日に2期目の当選を果たした信貴芳則岸和田市長、これからという時にフェイスブックやブログで見せた意気込みとは、裏腹な行動に出た。罪悪感からか、それとも、何者かによる指図だろうか。

 実は、信貴芳則岸和田市長、2期目の市長再選を果たし、政治人生は順風満帆?と、思いきや、病気などに苛まれ、苦労の多い人生だった。

信貴芳則岸和田市長のプロフィール、学歴や経歴は?

氏名:信貴 芳則(しぎ よしのり)


生年月日: 1961年2月26日

年齢:56歳

出身:大阪府岸和田市三田町

学歴:

岸和田市立山直北小学校
小学校時代はやんちゃな少年だった。また、公民館の広場に来る紙芝居を楽しみにするなど、紙芝居を縁に読書を覚えた。小学校に入ってからは、少しずつ家業を手伝うようになる。
岸和田市立山直中学校
生徒会活動に参加する。会長選挙を経験し、友達と自分たちの主張を行った。市内の他の中学校との交流を提案し実現させる。
明星高等学校
家業の配達などを手伝いながら高校に通う。遠方であることと、家業の手伝いもあってクラブには所属しなかったが、親は自主性を重んじてくれたので、友達との交流を広げることができた。
この頃は友人と沿線巡りや、だんじり祭りの案内などもした。
同志社大学商学部
家業の印刷工場を大会社にしてやると夢見ていた。
大学で家業の手伝いをしている中で、印刷物の配達などで大阪府議会議員井上新造先生の経営していた会社に出入りするようになった。大学卒業間近の昭和57年に、井上先生から府政の手伝いをしてほしいと声がかかり、秘書として10年間勤める。

家族:

昭和62年5月、妻の和代さんと結婚昭和63年に長男、平成3年に次男が誕生。
現在、長男、次男ともに、成人を迎えている。


(出典元:公式ホームページ

経歴:

1983年4月から1993年3月 大阪府議会議員の井上新造の秘書

1993年4月、大阪調理製菓専門学校の校長に就任

1996年4月、大阪健康福祉専門学校の校長を兼任

1998年9月11日、肺動脈破裂により意識不明、植物人間状態

2001年5月、社会復帰するまでの9か月間の闘病生活の体験記を出版
この時の様子を下記のように語る。

喀血と同時に意識不明になり、植物人間状態となる。しかし、約2ヵ月後、奇跡的に覚醒し周囲を驚かせる。その後、激痛に耐えながら社会復帰のためにリハビリや治療に取り組んだ

また、この経験は、フジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」(2004年10月7日放送「夫を突然襲った病魔」)にて、放映。

2003年4月、岸和田市議会議員選挙に無所属で出馬し、初当選

2007年に再選、2011年に3回目の当選

2011年5月から2013年5月まで、岸和田市議会の議長を務めた

  こうしてみると、ストレートに政治人生を歩んできたとは、言えず。努力と苦労を重ねてこられた方なのだと思います。何より、学校の校長を兼任していたくらいですから、人望はあったのでしょう。その2年後、多忙を極めたのか、一時生死をさまよう時期が3年ほど続き、見事社会復帰。それをきっかけに、政治界に進出して、見事市長再選を果たします。意志が固く、野心の高い方だったのでしょう。また、復帰されることを地元の方は望んでいるのではないでしょうか。

 
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