横川竟の現在に至る経歴とすかいらーく解任理由は?『横川四兄弟』長男 次男 三男 四男とは?

5月17日(木)よる22時00分~「カンブリア宮殿」に、すかいらーく創業者・横川兄弟の三男・横川竟(よこかわきわむ)氏がご出演されます。

横川竟氏のプロフィールに興味を持って、調べていると、すかいらーく創業者の一人であり、現在、高倉町珈琲会長を務めまますが、実は、2008年8月12日に「すかいらーく臨時株主総会と代表取締役会」で解任させられていることが判明。

その理由がトンデモなかった?

『横川四兄弟』の長男の端氏、次男の亮氏、四男の紀夫氏は、現在それぞれどうしている?

「高倉町珈琲」名物は、リコッタパンケーキ

現在、『横川四兄弟』の三男・横川竟氏が会長を務める「高倉町珈琲」は、東京都八王子市高倉町(たかくらまち)に2013年に1号店をオープンしたのを皮切りに、東京、茨城、埼玉、山梨など都心を中心に19店舗展開する喫茶店。


一番人気は「特製クリームのリコッタパンケーキ」脂肪分が少ないリコッタチーズを使い、ふわふわして柔らかく、しっとりしているのが特徴な他、食事プレートやデザートにも力を入れている。


創業は「ジョナサン」や「夢庵」でおなじみ、すかいらーく創業者の一人、横川竟氏が、2008年8月12日に「すかいらーく臨時株主総会と代表取締役会」で解任させられたのちに、2013年6月1号店を開き、2014年4月、「高倉町珈琲」と名付けたことによる。

横川兄弟の三男・横川竟(よこかわきわむ)のプロフィール

  • 名前:横川 竟(よこかわ きわむ)
  • 生年月日:1937年11月1日
  • 出身地:長野県諏訪市
  • 学歴:長野県諏訪中学校(現長野県諏訪清陵高等学校)を卒業

時は、終戦間際、3歳から6歳まで、中国・満州で育ったという苦労もあるようで、竟氏が6歳の時、父親が亡くなり、両親の故郷である長野に戻ってきたそうです。当時の暮らしは、大草原のなかで、羊や山羊や豚といっしょに暮らすと言う牧歌的なもので、勉強がキライで、勉強はせずに、小学3年生から新聞配達をはじめ、そのお金で山羊や兎や鶏、一時期は牛も飼っていたとか。

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もうこの頃から、自分で稼ぐことを身をもって体感していたようです。

少し飛びますが、1962年、竟氏が24歳の時兄弟3人を集め、ひもの食品店「ことぶき食品」で起業。
970年に今度は飲食で勝負しようと、子会社の「すかいらーく」1号店、国立店(府中市)をオープン。

その後は、株式会社ジョナス(現ジョナサン)の代表取締役社長、会長、すかいらーくの取締役を経て、

2003年(平成15年)には兄弟と共にすかいらーくの取締役から退きますが、

2006年(平成18年)3月31日にすかいらーく代表取締役会長兼最高経営責任者に就任。

しかし業績不振から退任を求められ、2008年8月12日に臨時株主総会と代表取締役会で退任が決定されてしまいます。

なぜ、解任させられたのでしょうか。

「すかいらーく」解任理由は?

解任理由は、ご本人も「その話はやめよう。つらい」と話すほどの記憶。

そりゃ、自分が創業した会社を解任されるって、まるでアップル社じゃないですか。

「経営者失格」の称号を授かってしまったのには、もちろんワケがありました。

改革途中だったのに中途半端で辞めざるを得ないのは非常に残念です。(投資会社と外食企業は)淡水魚と海水魚くらい住むところが違ったんだと、僕は最近思うんですよ。どっちも生きられないんです。全く価値観が違う。しかし、業績が悪かったという点で、私は約束を破った。これは事実です。

その理由とは、横川一族が約520億円を手にしていたことがわかったためです。

竟氏が、社長に復帰したのは、06年3月。

7月に野村プリンシパル・ファイナンスと英投資ファンドCVCキャピタルパートナーズに横川氏ら経営陣が加わり、06年7月にMBO(マネジメント・バイ・アウト=経営陣による自社買収)を行うことで、上場を廃止。

MBOは、経営陣が自社の株式を買収して経営権を取得する方法で、

(1)上場が廃止によって市場での敵対的買収にさらされることがなく、経営の自由度が増す
(2)経営陣が大株主になることで、これまでの経営方針や雇用が確保できる

などのメリットがあるが、その反面、経営内容が開示されないことや資金調達手段が限られるなどのデメリットもある。

すかいらーくのMBOは、当初は野村プリンシパル・ファイナンスと、英投資ファンドのCVCキャピタルパートナーズが、09年中の再上場を条件に、3〜5年のシナリオを想定。

しかし、資本の論理で投資資金の早期回収を目指す投資会社側との間で思惑の違いが表面化してしまう。07年12月期まで2期連続の最終赤字となるなど経営建て直しの見込みがたたず、竟氏はその責任をとる羽目になった。

こうした経緯があり、リスク回避のため、横川一族は、MBOで手にしたすかいらーく株を売却して520億円を手にしている。だから、解任は当然だろうと、ついに解任させられてしまったのです。

飼い犬に手を噛まれるとはこのこと。

ただ、そこからまた新規飲食店事業に取り組む前向きな姿勢が流石というべきでしょうか。

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『横川四兄弟』の長男の端氏、次男の亮氏、四男の紀夫氏の現在はどうしている?

『横川四兄弟』三男竟氏の現在

竟氏は、先にも書いたように、2014年に株式会社高倉町珈琲を設立し、2017年現在、代表取締役会長を務めている。

同社は同年末現在で17店舗、首都圏だけでなく、石川、富山など北陸地方にも出店。自らの人生を振り返り「『不完全』ばかりだったことを悔やんで「高倉町珈琲は、地域の生活者がホッとする憩いの場をつくろうと思ってスタートした店です。日本に新たなフランチャイズシステムをつくろうという思いもあり、いまそれを模索しています」と経営の見直しを図っているようです。【企業ホームページ】http://takakuramachi-coffee.co.jp/

『横川四兄弟』長男 端氏の現在

長男の端氏は最高顧問辞職後、文化活動に力を入れています。1988年に東京交響楽団の理事長職となった後、理事長職を退き、現在は会長として楽団を精神的にバックアップ。2016年には自伝「エッセイで綴るわが不思議人生」(文芸春秋社・私家版)を上梓。句集の出版もしており、俳句の活動も続けているという文化人。長男ということもあり、兄弟をまとめ、客観的に物事を判断する力に長け、非常に冷静で4人の中では一番、他人に信頼されるタイプなんだそうです。

『横川四兄弟』次男亮氏の現在

次男の亮氏はことぶき食品の時代から社長を40年近く務め、2001年に退任後は最高顧問となり、2008年8月に他の兄弟とともに退任。2009年10月、最後の『すかいらーく』、川口新郷店が看板を降ろしガストとなった半年後の2010年5月4日、急性肺炎のため75歳でこの世を去っています。

『横川四兄弟』四男紀夫氏の現在

四男の紀夫氏は、株式会社ヴィア・ホールディングスの取締役会長を務めています。

同社は店舗数551、業態は29、外食産業の大手企業であり、M&Aも積極的に行う。また、2002年には設立されたディーン&デルーカジャパン(現株式会社ウェルカム)の社長に就任。同社社長は現在、子息(長男)の横川正紀氏が務め、紀夫氏の次男横川毅氏は株式会社ウィルプランニングを経営。『NINJA』(東京、京都、ニューヨークに4店舗)などエンターテイメント性、文化性の高いフードサービスビジネスを手がけ、紀夫氏は会長も兼務しているとか。会社経営には欠かせない物事を生み出すアイデアが強い方なんだそうです。【企業ホームページ】http://willplanning.jp/

(参考元:https://www.inshokuten.com/foodist/article/4793/?page=2)

 

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