部屋がなくなる最後の日まで、夫と弟子たちを支えてきた河野景子(花田景子)さん。

元貴乃花親方との離婚理由(離婚原因)は一体、何だったのか。1年前から不仲だったという。河野景子さんの若い頃は、フジテレビアナウンサーとしての経歴も。当時の貴重な写真がとっても美人!

1995年に婚約を発表した二人ですが、なんと年の差は8歳。部屋の女将として、そして、嫁(妻)としても元貴乃花親方に尽くしてきた人生。

ここで、再スタートか。

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10月25日、既に離婚していた

「行きつけの中華料理屋さんで安らぎのひと時を過ごすことができました」先月の19日、一緒に中華料理屋で仲睦まじい夫婦の姿がブログに収められています。

しかし、6日後の先月25日に離婚。その9日後、2018年11月3日(土)、4日(日)に福岡県田川市で開催された「第13回TAGAWAコールマイン・フェスティバル~炭坑節まつり~」では、共に笑顔も、互いに距離をとる景子さんと元貴乃花親方の姿が。

離婚の経緯について

元貴乃花親方と河野さんは、事実上の別居生活が長かった。元貴乃花親方は、品川区 五反田に自宅があり河野さんはそこを生活拠点にしていたが、

元貴乃花親方は、弟子の指導のため貴乃花部屋で弟子たちと一緒に生活。

中野区から江東区に部屋を移転した16年以降は一緒にいる時間がさらに短くなっていったという。

二人の仲がすれ違いになっているという噂はそれになった頃から出ていたが、

元貴乃花親方が相撲協会に、在職中の8月に行われた秋田巡業で倒れ病院に運ばれ入院した際も、

河野景子さんは病院に駆けつけなかったことが話題になった。

離婚原因について

元貴乃花親方は、離婚を決意した理由について、

「相撲協会を引退してから、もう一人の社会人として生きていかなくてはいけないということ、まっすぐ進んで行かなければいけないということ、この道が違うのであれば、河野さんには自分の道にいってほしい、ということを説明した。そして、お互い夫婦として卒婚を決意した」

と説明しています。

しかし、実は、離婚する1年前には、不仲説が流れていました。

下の方で、詳しくかいていきますので、まずは、

二人の結婚生活について見てみましょう。

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河野景子(花田景子)さんプロフィール(若い頃の画像)

©ツイッターより

  • 生年月日:1964年11月12日
  • 出身:宮崎県
  • 学歴:上智大学在学中に「ミス・ソフィア」に選ばれる
  • 経歴:大学卒業後は、1988年4月、フジテレビアナウンサーとして入社
  • 1994年からはフリーに転身

若い頃のアナウンサー時代も素敵!

元貴乃花親方と河野景子(花田景子)結婚&馴れ初めは”でき婚”・歳の差8歳だった!

1995年に婚約を発表した二人ですが、なんと年の差は8歳。貴乃花が23歳の時で、当時、景子さんは31歳でした。この時既に、妊娠6ヶ月。いわゆる”でき婚”。


長男の花田優一さんは、高校卒業後、革靴の本場イタリアのフィレンツェに渡り、3年間修業したのち帰国。都内に自身の工房を持ち、完全オーダーメイドで制作する靴職人として活躍されています。

結婚した理由については、

貴乃花親方は、「やはり自分にないものを持っているところ。だいたい私は無愛想なもので、 本当は違うんですけれど、だいぶ私の事を皆さんの前で笑うようにさせてくれたところが。」

景子さんは「芯の強さ、 強い精神力、そして大きな安心感が感じられました。」

また8歳の年の差に関しては、

貴乃花「二人でいると歳の差はあまり感じないです。 今言われてもあまり実感がない。」景子さん「私も同じです。」

どういう風に呼び合っている?

貴乃花「名前で呼んでいます。(ちょっと読んでみてくださいの質問に照れ笑いでしばらく天を仰ぎ)また今度にしてください」景子さん「横綱、と呼んでいます。」

と、会見では話していたようです。

《二人の人生の歩み》

  • 1998年2月:元貴乃花親方、父 の藤島部屋に入門
  • 同年4月:景子さん フジテレビに入社
  • 1995年1月:貴乃花 横綱昇進
  • 1995年5月:結婚 景子さん妊娠6ヶ月
  • 同年9月:長男・優一さんが誕生し
  • 2003年1月:貴乃花 現役引退
  • 2004年6月:貴乃花部屋 創設、景子さんが女将に(今から14年も前のこと)
  • 2005年5月:父・二子山親方が死去
  • 2010年1月:二所ノ関一門を離脱し、理事候補選に出馬→当選 通称「貴の乱」
  • 2016年 :景子さん 株式会社「ル・クール」を設立
  • 2016年1月:貴乃花、理事長選に出馬するも落選
  • 2016年7月:貴乃花部屋を江東区東砂に移転
  • 2017年11月:元横綱・日馬富士による暴行事件が発覚
  • 2018年1月:理事を解任

明治神宮で行われた結婚式では、元貴乃花親方は、「景子と二人で力を合わせて全てにおいて勝ち進んでいきたいと思います。これからもずっと、何があっても二人で乗り越えていく気持ちを誓った」と、夫婦の強い絆を口にしていたというのです。

実は、1年前から、不仲説が流れていて、今となっては、むしろスッキリしているという二人。貴乃花関の説明にもあるように、今は、”卒婚”ということで、新しいスタートを、それぞれの道で、花を咲かせることになるのでしょう。

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離婚原因の真相|河野景子(花田景子)さんと貴乃花部屋での女将としての奮闘

相撲部屋は伝統的にタニマチに支えられていたが、元貴乃花親方は タニマチを廃止。

新たに、サポーター制度を設立。当時としては珍しく古い相撲界のしきたりを廃止したことに対して、賛否両論あったけれど、景子さんは、チャレンジをし続けたという。


さらに、景子さんは、年間で億単位の金額がかかる相撲部屋の経営を女子アナの経歴を生かして、回していた。

講演会や朗読会など精力的にこなして部屋に貢献してきたという。有名企業の タニマチを廃止したので、相撲界からの批判は相次ぐ中、夫婦二人で、相撲界の新しい形を追求してきたというのが、専門家の見方。

一方で、元貴乃花親方は、”はっきり”とは弟子たちに言わない性格。

以前講演会では、

「師匠は直接的に彼ら弟子たちに言葉を投げかけないんです。

だから時々私は親方が入っていることを私が伝える役だな。

これを伝えた方がいいなと思う時は直接的なコミュニケーションとして取るようにしています」

と話していたという景子さん。代弁するにしても、仕事と割り切っていたとはいえ、

独り、闘うことに、女将としての責務を果たすことに、疲れてしまったのではないか?

そして、その緊張の糸が、今回の景勝関(22)=本名佐藤貴信、兵庫県出身、千賀ノ浦部屋=の優勝によって切れて、景子さんの中でも、一区切りつき、今回の離婚の発表に至ったのではないか、という見方が強いですね。

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