富岡茂永の遺書全文を週刊文春が入手!内容や動機は”長子が長男を解雇した恨み他”

週刊文春が9日、江東区の富岡八幡宮で宮司の富岡長子さんが、元宮司で弟の富岡茂永(とみながしげなが)容疑者の嫁である富岡真理子容疑者に殺害されたお家騒動について、犯行直後に書いたと思われる””遺書””をスクープ公開しました。
遺書の内容は、お家騒動に対するお詫びから始まり、姉の富岡長子さんなどとの30年におよぶ確執の詳細が綴られているとか。
また、これまで明かされてこなかった動機についても、この遺書により判明。犯行動機は、姉の富岡長子さんさんによる富岡茂永容疑者の長男に対する冒涜のためか。その後、今回の凶行を想起させる文言が並んでいると言います。

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富岡茂永容疑者が残した遺書の内容が全て公開されました

事件の概要及び、富岡茂永容疑者についての詳しい情報はこちらに書いています。

富岡茂永に前科あり!姉の富岡長子へ脅迫状、宮司解任を逆恨み嫁と共謀か?

2017.12.08

遺書の内容からわかることまとめ

事件の動機は、宮司継承をめぐるお家騒動にあると見られているが、この“遺書”はお家騒動に対するお詫びから始まり、姉の長子さんなどとの30年におよぶ確執の詳細が綴られている。

◆殺害された姉の富岡長子さんについて

富岡長子さんについて

・富岡長子は、中学生の時から、シンナー・覚せい剤・男遊びに惚れていた。高校にもいかず、錦糸町の喫茶店等で、ウエイトレスのアルバイトをしながら、家出同然の生活をしていた

・20歳の時に、喫茶店の客としてきていた国鉄勤務の男性と結婚し、一児をもうけるが、乱暴な性格から子供を捨て戻ってくることになったが、中学卒業の姉(富岡長子さん)を雇ってくれる会社もなく、父親の富岡興永が神社の経理の仕事につかせた

・姉(富岡長子さん)は、このように名目上神社の事務員だったが、仕事はほとんど他の事務員に任せ、大倹や学校やその後、大学夜間部に通っていた。身内ということで、父も私(富岡茂永容疑者)も黙認していたが。
そして、大学卒業が近くなると、姉(富岡長子さん)は、突然青山大学の杉浦勢之教授と結婚するからと、豪邸(社宅)を建てて欲しいとお願いしてきた。姉のためにと、150平米の駐車場付きの建物だけでも1億2千万円、土地も合わせれば2億5千万円の家を建てるが、結局二人は結婚することはなかったため、私(富岡茂永容疑者)も家族もこれには騙されたと思った。(「これはれっきとした”詐欺罪”です」とまで記載してある)

・姉(富岡長子さん)は、その後、新宿のホストクラブに通い豪遊していた。さらに、私(富岡茂永容疑者)が暴行容疑で逮捕された件をネタに、脅迫してくる始末。大学で教員免許を取得し、「卒業後は、教職に就く」と言っていた姉(富岡長子さん)は、夜間大学を卒業すると、神職の資格取得のため國學院の夜学に通い始めた。しかし、それも結局は嘘で、姉(富岡長子さん)は、「神職の資格をとったら、禰宜(ねぎ=宮司[会社でいえば社長の位]の次の位)にしてくれ」と言い出した。そして、父までもが、姉(富岡長子さん)の肩を持つようになった。そのことに、不穏な空気を感じた私(富岡茂永容疑者)の予想は的中し、青年会幹部の神社には、私(富岡茂永容疑者)を誹謗・中傷するような怪文書が届くようになった。警察に届け出を出すも、家の名を汚すこと、そして家族の崩壊を恐れ、被害届は引き下げた。しかし、この判断のせいで図に乗った姉(富岡長子さん)が中心となり、富岡長子・富岡千歳(妹?)・富岡興永(父)・富岡聴子(母)・丸山禰宜VS富岡茂永容疑者夫妻の全面戦争が始まった。

◆富岡長子・富岡千歳(妹?)・富岡興永(父)・富岡聴子(母?)・丸山禰宜VS富岡茂永容疑者夫妻の全面戦争について

全面戦争について

・私(富岡茂永容疑者)が辞めることで徳をする人間による行為の中で、もっとも許せなかったことは、「私(富岡茂永容疑者)の少年時代に残る逮捕歴や姉(富岡長子さん)の盗聴・盗撮、素行調査の件について書かれた怪文書が事実である」と神社界に流布されたこと。これにより、私(富岡茂永容疑者)は宮司の地位を失った。(素行不良が原因で、富岡茂永容疑者が宮司を解任させられたのは、01年のこととされている。しかし、実際には、解任させられたのでも、辞任したのでもなく、姉と共謀する亀山工務店の亀山会長の罠にはめられた。亀山会長は「このままでは拉致があかない」と、ダミーの辞表を書いて、それを持って責任役員を説得すると乗せられたが、なぜか辞表はそのまま責任役員会で受理されてしまう。)

◆逝去している父・富岡興永さんについて

父・富岡興永さんについて

・父・富岡興永さんは、大事なお祭りをサボったり、1年に2〜3日しか神社に出社しなかったり、神社の活動にもほとんど顔を出すことがなかった。そのため、私(富岡茂永容疑者)が、代理で出席するたびに、他の神社の宮司から父の嫌味や苦言を言われていた

・一方で祖父・富岡盛彦は、神社本庁の総長まで勤めた人間でしたので、いつも祖父と父は比較され、私(富岡茂永容疑者)は、悔しい思いをしていた

・そして、ついに父は、平成6年夏ごろより躁鬱病を発症。というのも、もともと神主が嫌いで、仕方なく勤めていたため。薬と飲酒の影響もあり、幻聴・厳格に悩まされ、「宇宙人がきた」等意味不明なことをいうようになり、次第にエスカレートし、ついに、他人の部屋に押し入るようになり、暴れる等の犯罪行為に及ぶようになり、ついに精神病院へ入院させることになった。

・家族会議の末、富岡家存続の危機と判断し「父は、高血圧のため宮司の重責に耐えられないために引退する」と外部には公表。平成7年(1995年)3月、富岡茂永容疑者が父に代わり正式に宮司となるも、この頃から、富岡茂永容疑者には”脅迫文”が届くようになる。また、神社庁にも”怪文書”が出回るようになる。富岡茂永容疑者は、その内容は家族にしかわからないようなものだったため、送り主が姉(富岡長子さん)ではないかと疑い、次来たら警察に届けると告げると、それらはハタリとなくなった。

・父は治療と宮司の重責から解放された甲斐あって日常生活に支障のない程度まで回復するも、神社の財産で株の売買を繰り返していた。その結果、何億円もの損失を出し、また総額十億円を超える骨董を購入したため、株や骨董の売買を禁止した。

遺書内容からわかることまとめ

・動機は、宮司継承をめぐるお家騒動にある
・姉の富岡長子さんなどとの30年におよぶ確執があった
・姉の富岡長子さんは、富岡茂永容疑者の長男に対して、勤務状況が悪い等の難癖をつけた
・姉の富岡長子さんは、秘書のように公私に渡り、自由に使ってきた●●(茂永氏の長男、本文実名)を懲戒解雇にした

ことなどです。

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これまで、富岡茂永容疑者が自殺したことで犯行動機については、明らかになっていませんでした。よって、今回、遺書が発見されたことで、どうやら動機の主な理由は、「姉の富岡長子さんによる富岡茂永容疑者の長男に対する冒涜に恨みを持ったこと」他、30年にわたる確執にあると判明。

また、これは遺書の内容とは関係のない事ですが、15年1月の週刊誌「週刊実話」の報道によれば、父親の富岡興永は、富岡八幡宮の借地権(土地の一部)120坪を富岡八幡宮より搾取し、富岡長子さんとその妹に相続させていた事が、わかっています。

故に、今回のお家騒動、被害者とされる姉の富岡長子さんにも非がある模様を感じさせますね。

事件の概要及び、富岡茂永容疑者についての詳しい情報はこちらに書いています。

富岡茂永に前科あり!姉の富岡長子へ脅迫状、宮司解任を逆恨み嫁と共謀か?

2017.12.08

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