山中伸弥 医学部の娘を前に論文不正,うつ病や母親の死去は関係があるのか

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世界で初めてiPS細胞を作り出すことに成功し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授。現在、iPS細胞研究所の所長を務めるが、そこに所属する山水康平・特定拠点助教(36)が発表した論文に不正があったと、京都大学が発表。調査委員会によれば、アメリカの科学雑誌「ステム・セル・リポーツ」に発表した論文のグラフのデータにねつ造と改ざんが見つかった。また、山中伸弥教授においては、奥さんの山中知佳さんは女医(皮膚科)で、嫁との間に娘が2人いますが、いずれも、医学部生という医学系エリート一家。過去には、手術が下手でうつ病にかかっていたこともあったと言う、山中伸弥教授。一昨年、実家の母・山中美奈子さんが亡くなったことと関係があるのだろうか。

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▼iPS細胞を開発した京都大学の山中伸弥教授が論文不正?!

「論文の見栄えを良くしたかった」

今回、論文不正をしたのは、山中伸弥教授ではなく、
iPS細胞研究所、山水康平・特定拠点助教。

論文不正の理由についてこう述べた山水康平・特定拠点助教とはこちらの男性。

(出典元:COINS)

調査委員会によれば、不正が行われたのは、脳に異物が入り込むのを防ぐ血液脳関門をiPS細胞を使って再現しようとした研究で、アメリカの科学雑誌「ステム・セル・リポーツ」に発表した論文のグラフのデータにねつ造と改ざんが見つかったという。京都大学は、山中伸弥教授も含めて処分を検討する方針。

こちらの記事で詳しく書いています。

山水康平(京大助教)顔画像特定!不正論文の研究内容と研究費用はいくら?

2018.01.23

(参考元:iPS研の特定拠点助教、論文に捏造や改ざん

▼山中伸弥教授の嫁・知佳さんは女医(皮膚科)で娘の医学部生!エリート一医学系一家!!

山中伸弥(やまなか しんや)教授は、1962年9月4日現在、大阪府 東大阪市生まれの55歳。京都大学iPS細胞研究所所長・教授、カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所上席研究員、日本学士院会員を務める。

山中伸弥教授においては、奥さんの山中知佳さんは女医(皮膚科)で、出身大学は関西医科大の皮膚科。奥さんとの間に娘が2人いますが、いずれも、医学部生という医学系エリート一家。


(出典元:山中さん会見「家族に感謝」 妻「家では普通の父」 ノーベル賞受賞決定から一夜明け

2人は中高校の同級生で、ともに55歳。知佳さんさんは、見ての通り、美人で、女医ということは知性もあるのだろう。同級生たちの間でも、人気で、マドンナ的存在だったとか。

一方の山中伸弥教授は、学生時代、柔道やラグビーで10回以上骨折するなどケガが日常茶飯事だったことを理由に、神戸大学医学部医学科卒業後、整形外科医になったものの、

「実は、30年前に整形外科医になったんですけど、手術が下手だったんです。それは、演奏の下手なピアニストぐらい致命的。それで研究者に方向転換したんです」

(引用元:手術が苦手で逃げ出した、鬱病にもなった – ノーベル賞・山中伸弥氏が高校生に贈った言葉は「人間万事塞翁が馬」

と、他の医者と比べて技術面において不器用だったことから、医者から研究医に転向。その不器用さは折り紙付きで、普通なら15分で済む手術に1時間もかかっていたというエピソードも。
(参考元:山中教授「高3修学旅行で抜け駆け」マドンナをゲットして結婚!愛妻・知佳さん

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▼アメリカへ留学するも、帰国後うつ病を発症?!

そのまま、病院を退職し、1989年(平成元年)に大阪市立大学大学院に入学。学位取得後は、科学雑誌のあらゆる公募に応募し、採用されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所へ博士研究員として留学。

そこで、後のiPS細胞研究を始め、「ネズミのES細胞」に目をつけ、帰国後も研究に熱を入れたが、2〜3年後、PAD(Post America Depression 米国後うつ病)という”うつ病”を発症。もちろん、これは山中伸弥教授オリジナルの病名。

「これは結構大変な病気でした。ネズミの世話ばかりしていて、自分のビジョンが達成できるんだろうか? 手術が下手でも、もう一度臨床医に戻ったほうがいいんじゃなかろうか? と自分を追い込むまでになってしまいました。そのため研究もできなくなってしまったんです。」

(引用元:「ビジョンだいじに」 ノーベル賞・山中教授の人生を変えた一言とは

と、話すように、うつになった理由は、日本の研究環境の悪さ。アメリカでは、研究実験動物としてのネズミの世話焼きがいたが、日本にはそれがなく、自分が研究者なのか、ネズミの世話係なのかわからなくなったことが原因だという。

さらにネズミの研究を8〜10年も続けていると、「医学部にいるんだったら、医学のためになることをした方が良いぞ」と研究への理解が得られない時もあり、”朝起きれない、学校に行きたくない”という感じになって、研究者を辞める一歩手前まで挫折したこともあったとか。

そんな山中伸弥教授の両親については、どちらも現在は、他界されている。

▼両親の馴れ初めや家業は?!ミシンの部品工場を経営

父・山中章三郎さんは、同志社大学の理工学部を卒業。卒業後は、実家の工場を手伝う。一方、
母・山中美奈子さんは、兵庫県にある溶接工の生まれで、何不自由なく高等女学校に入学したが、太平洋戦争によって溶接工場が消失すると、父・信一さんの弟が農場経営に誘ったので家族全員で九州へ。学校を退学することを余儀なくされ、銀行職員の求人を見て、単身大阪へ。

離れて暮らす家族の元へ仕送りをと懸命に働く中で、職場の友達に誘われた集まりで山中章三郎さんと出会い、昭和30年に2人は結婚。昭和35年、二人は、大阪にミシンの部品を作る山中製作所を経営。小さい会社ではあったそうだが、「誰も辞めんとずっと続いている」と元従業員が話す。昭和63年11月に父の章三郎さんが糖尿病をこじらせ、58歳の若さで他界し、また、一昨年、母の美奈子さんも亡くなっている。

論文不正については、こちらの記事で詳しく書いています。

山水康平(京大助教)顔画像特定!不正論文の研究内容と研究費用はいくら?

2018.01.23

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