玉城デニー ハーフで経歴は元ロック!結婚した嫁と子供4人画像ある?

翁長雄志知事の死去に伴う沖縄県知事選挙で情勢は、宜野湾市長の佐喜眞淳さんと前衆議院議員の玉城デニーさんの一騎打ち!ここでは、玉城デニーさん(58歳、自由党前衆院議員)の経歴や女性問題/スキャンダル、結婚して家族(嫁、子供)はいるのか?など調べています。

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玉城デニー プロフィール・学歴・大学・本名・ハーフの真相

玉城 デニー(たまき デニー)氏は、名前からハーフなのでは?と思われる方もいると思いますが、沖縄米軍基地に駐留していた米兵の父親と日本人の母を持つハーフ。デニーは芸名のようで、本名は玉城 康弘さん。見た目はハーフで菅、国籍も日本、出身校も沖縄で、英語は話せないのだとか。

  • 名前:玉城デニー(たまき・でにー、本名:康裕[やすひろ])
  • 生年月日:1959年10月13日
  • 血液型:O型
  • 大学:上智社会福祉専門学校で福祉
  • 座右の銘:天は正論に信念と勇氣を与える、夢は必ず叶う
  • 趣味:音楽、映画鑑賞、釣り、読書 etc…
  • 好きな食べ物:沖縄そば、カレーライス、和食系

玉城さんの両親は授かり婚で、朝鮮戦争が落ち着いた1958年頃のこと。軍人である父親はアメリカに帰国。当時、軍人はローテーションで本国の米国に戻ることになっていたようです。

母親は私を生んでから米国に行く約束を父と交わし、父親が先にアメリカへ。母親は、周囲から、「沖縄で育てた方がいいんじゃないか」「米国に行ったら言葉も違うし難儀するよ」とアドバイスを受け、沖縄で母親に女手一つで育つことを決意。ゆえに、父親の顔も知らないそうです。


(当時の写真:【第24回】政治家に訊く:玉城デニー

公式サイトには「シングル・マザーとして忙しく働く実の母と、そのあいだに面倒を見てくれた育ての母の、「2人の母」に見守られて」育ったとありますが、母親は、辺野古(へのこ)のバーで、店の掃除やホステスさんたちの洗濯などをして住み込んで働いており、仕事に集中するためにと、玉城さんは、生まれてから小学校4年生まで母と別居して与那城村の別の家に預けられて育てられたのだそうです。

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玉城デニーの結婚した嫁は?子供4人の画像は?

玉城さんの家族は、結婚したお嫁さんとお子様が2男2女。

画像はありませんでしたが、県民と触れ合う時は子供と目線をしっかり合わせる優しいお父さんのようですね。

 

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宮古島にて。遊説中でしたがご挨拶させていただきました…☺️ #新時代沖縄 #玉城デニー #沖縄 #沖縄県知事選挙 #宮古島

玉城デニーさん(@tamakidenny2018)がシェアした投稿 –

中学生の時、ディープ・パープルやブラック・サバスといったイギリスのハード・ロックに衝撃を受け、バンドを始める。担当パートはボーカル。今でもロックをこよなく愛するとのこと。

(当時の写真:【第24回】政治家に訊く:玉城デニー

高校卒業後、周囲の家族や友人に恵まれていたと感じていたことから、「自分も誰かを幸せにしたい」と福祉系の大学へ。

卒業後、沖縄に戻り、福祉職、内装業、音楽マネージャーなど、様々な現場を経験。

やがて音楽への深い愛情と現場で培ったコミュニケーション力を生かせるラジオ・パーソナリティという仕事に出会い、並行してタレントとしても活動。琉球放送ラジオの人気番組「ふれ愛パレット」でパーソナリティを続けるうち、地方自治に関心を持つようになります。

若い頃はだいぶイケメンですが、玉城デニーさんについて検索をかけると、女性問題/スキャンダルという穏やかではないワードが。

玉城デニー スキャンダルはデマ?女性問題の疑惑とは?

今月6日発売の「週刊文春」9月13日号も「沖縄知事選与野党候補「隠し子疑惑」を連続直撃」なる記事を掲載。


記事では、デニー氏の出馬表明と前後して“かつてある女性との不倫関係にあり、隠し子がいる”なる情報が駆け巡ったのですが。「文春」がその女性に電話で直撃したところ、笑いながら一蹴。デニー氏側からも「ご指摘の事実は一切ございません」と否定されており、デマと言われています。


文春の『隠し子』記事は、内調(内閣情報調査室)の仕掛けだと言われ、いわゆる、ネガティブキャンペーン。文春も、完全に空振りしてしまったようです。

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玉城デニーの経歴

そんな玉城デニーさんですが、02年から市議会議員になり、政治の世界に入るようになったと言います。しばらくすると「私がやろうと思うことは国政に行った方がもっと近いかもしれない」と思うようになり、05年5月に一念発起し、その年の9月の沖縄市議会議員選挙への立候補を決意。そのままトップ当選を果たします。

09年に政権交代の風に乗り約9万票を得て初当選を果たし、12年7月に消費増税に反対して自らが師と仰ぐ小沢一郎氏と共に民主党を離党。同12月の衆院選に臨んだ。政権への逆風のあおりを受けて落選するも比例代表九州ブロックの最後の議席で復活当選。

14年の衆院選では小選挙区で勝利し、前回の雪辱を果たし、17年の衆院選では無所属で出馬。4期目の当選を果たしました。現在、2018年9月13日 沖縄県知事選挙への立候補届出に伴い、衆議院議員を退職している状態で、この選挙にかける思いがにじみ出ます。

玉城デニー辺野古新基地建設について政策は?

辺野古新基地建設については「翁長知事の遺志を受け継ぎ、辺野古に新たな基地は造らせない。普天間飛行場の閉鎖・返還を一日も早く実現するよう政府に強く要求する」と主張。

翁長知事の奥様からも指示をえていました。

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